■用途
ほう素化合物には、ほう酸、ほう酸ナトリウム(ほう砂)、三フッ化ほう素、ペンタボラン、デカボラン、ジボランなどの数多くの化合物があります。さらに、ほう酸ナトリウムには、四ほう酸二ナトリウム、過ほう酸ナトリウムなどのさまざまな物質があります。PRTR制度ではこれらをまとめて、ほう素を質量で1%以上含んだ化合物を対象物質としています。
ほう酸化合物の用途で、最終製品として最も多いのがガラス繊維で、ついでホウケイ酸ガラスです。ガラス繊維の長繊維のものは、FRP(繊維強化プラスチック)などになり、短繊維のものは、グラスウールとして断熱材や吸音材に使用されています。ホウケイ酸ガラスは熱衝撃に強く、一般にはパイレックスや硬質ガラスと呼ばれています。
ほう酸は、常温で無色透明または白色の固体で、ほう素化合物は、そのほとんどがほう酸を出発原料としています。ほう素化合物の原料に使われるほか、ガラス・ほうろう材料、ニッケルメッキ添加剤、医薬品や防虫剤などに用いられています。身近なところでは、ゴキブリ駆除用のほう酸団子に使われています。
ほう酸ナトリウムは、常温で白色の固体です。耐熱ガラスやガラス繊維の原料などに使われたり、身近な用途では洗濯用漂白剤の原料のほか、子どもの遊び道具や理科教材としてつくられるスライムにも使われています。
三フッ化ほう素は、常温で無色の気体です。工業用触媒や半導体製造などに使われています。
ペンタボラン(CAS番号:19624-22-7)は、常温で無色透明の液体です。火薬や爆薬として使われます。
デカボラン(CAS番号:17702-41-9)は、常温で無色透明から白色の固体です。工業用触媒や燃料として使われています。
ジボラン(CAS番号:19239-45-7)は、常温で無色透明の液体です。半導体製造に使われたり、工業用触媒や還元剤、ロケット推進薬に使われています。
なお、ほう酸やほう酸ナトリウムは古くから防腐薬、消毒薬として用いられてきましたが、やけどや傷ついた皮膚、粘膜から吸収されたときの毒性が指摘され、現在では、目の洗浄・消毒に限定して使用されています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約4,700トンが環境中へ排出されたと見積もられています。下水道業や非鉄金属製造業などの事業所から排出されたほか、石炭火力発電所で使用される石炭の燃焼に伴って排出されたものなどで、ほとんどが河川や海などへ排出されました。家庭からも殺虫剤などの使用に伴って、わずかですが排出されました。この他、窯業・土石製品製造業などの事業所から廃棄物として約3,500トン、下水道へ約61トンが移動されました。
■環境中での動き
環境中へ排出されたほう素化合物は、大気中ではほう酸塩、酸化物、水素化物などとして粒子状物質の形で存在するとされています1)。ほう素を含んだ粒子は、降雨などや重力によって地表に降下し、大気中のほう素は通常、数日で半分の濃度になるとされています1)。水中では、ほう素化合物は、ほう酸またはほう酸塩イオンの形で存在します2)。ほう素化合物は水底の泥や土壌中に吸着され、pHが7.5〜9.0付近において最も吸着力が強いとされています2)。
なお、ほう素は地殻の表層部には重量比で0.01%程度存在し、クラーク数で41番目に多い元素です。ほう素は、人間活動に伴う排出のほかに、岩石の風化、海水からのほう酸の蒸発、火山活動などによって環境中に放出されます3)。
■健康影響
毒 性 化合物の種類によって毒性は異なりますが、一般にはほう素として基準値や指針値が決められています。妊娠しているラットにほう酸を20日間、餌に混ぜて与えた実験では、母動物に腎臓重量の増加、胎子に体重増加抑制と肋骨の異常が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日9.6 mg(ほう素換算)でした1)。この結果から、ほう素のTDI(耐容一日摂取量)は体重1 kg当たり1日0.096 mgと算出され、これに基づいて水道水質基準や水質環境基準が設定されています4)。
また、日本産業衛生学会は、三フッ化ほう素とジボランについて作業環境許容濃度を設定しています。三フッ化ほう素は下部気道への刺激及び肺炎5)、ジボランは皮膚や眼、呼吸器系や神経系への有害性が報告されています6)。
なお、日本産業衛生学会の作業環境許容濃度は設定されていませんが、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)は1日8時間、週40時間の繰り返し労働における作業者の許容濃度を、中枢神経のけいれんに基づいて、ペンタボランについては0.011 mg/m3、デカボランについては0.221 mg/m3と勧告しているほか5)、ほう酸化合物の許容濃度を2 mg/m3と勧告しています。
体内への吸収と排出 人がほう素化合物を体内に取り込む可能性があるのは、飲み水や食物などによると考えられます。体内に取り込まれた場合の動きについては、ほう素、ほう酸、五ほう酸塩や酸化ほう素を用いて調べられています1)。動物実験によると、口から取り込まれたほう素やほう酸は速やかに吸収され、吸収されたほう酸の一部は骨に蓄積する傾向があります1)。ほう酸は、4.7〜21時間で血液の中から半分の濃度になると算出されており、大半は数日以内に尿に含まれて排せつされたと報告されています1)。呼吸から取り込んだ場合も、尿に含まれて排せつされますが、人の皮膚にほう酸の軟膏を塗った実験では、傷がある皮膚に塗った場合を除き、皮膚からはほう酸はほとんど吸収されなかったとされています1)。
影 響 水道水、河川や地下水では、まれに水道水質基準や水質環境基準を超える濃度のほう素が検出されています。水道水からの検出は、地質由来または海水を原水としていることなどによると考えられており、イオン交換法や他の水源との混合希釈などの対応がなされています4)。地下水の汚染原因は、2009年度調査によれば、約72%が自然的要因、約24%が工場や事業所、約5%が廃棄物によるものでした7)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの繁殖阻害を根拠として、水生生物に対するほう酸によるPNEC(予測無影響濃度)を0.06 mg/L(ほう素換算)、ミジンコの遊泳阻害を根拠として、過ほう酸ナトリウムのPNECを0.00092 mg/L(ほう素換算)としています2)。これまでの測定では、これらのPNECを超える濃度のほう素が河川から検出されており、環境省ではほう素及びその化合物を詳細な評価を行う候補としています2)。なお、海域については、ほう素の濃度は河川より高く、海生生物に対する毒性試験も不十分であるため、当面、生態リスク評価は行わないとしています2)。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、ほう酸による魚類の死亡を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことが示唆されるとして、ほう素及びその化合物を詳細な調査や評価などを行う必要がある候補物質であるとしています1)。
性 状 |
ほう酸:無色透明または白色の固体
ほう酸ナトリウム:白色の固体
三フッ化ほう素:無色の気体
ペンタボラン:無色透明の液体
デカボラン:無色透明から白色の固体
ジボラン:無色透明の液体 |
生産量8)
(2010年) |
【ほう酸】
輸 入 量:約110,000トン
輸 出 量:約660トン(ほう素の酸化物及びほう酸)
【ほう酸ナトリウム】
輸 入 量:約6,400トン(精製ほう砂、無水物) 約27,000トン(無水物を除く)
輸 出 量:約22トン(精製ほう砂、無水物) 約11トン(無水物を除く) |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約4,700トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
67 |
大気 |
3 |
事業所(届出外) |
30 |
公共用水域 |
94 |
非対象業種 |
3 |
土壌 |
3 |
移動体 |
− |
埋立 |
0 |
家庭 |
0 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約3,200トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
下水道業 |
50 |
非鉄金属製造業 |
18 |
化学工業 |
7 |
原油・天然ガス鉱業 |
5 |
パルプ・紙・紙加工品製造業 |
4 |
事業所(届出)における移動量:約3,500トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
98 |
下水道への移動 |
2 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
窯業・土石製品製造業 |
69 |
プラスチック製品製造業 |
8 |
電気機械器具製造業 |
8 |
非鉄金属製造業 |
5 |
化学工業 |
4 |
PRTR対象 選定理由 |
作業環境許容濃度 |
環境データ |
水道水
- 原水・浄水水質試験(ほう素として測定):水道水質基準超過数;原水3/5213地点,浄水0/5418地点;[2009年度,日本水道協会] 9)10)
公共用水域
- 公共用水域水質測定(ほう素として測定):環境基準超過数1/2837地点,最大濃度12 mg/L(報告下限値0.01 mg/L);[2010年度,環境省]11)
地下水
- 地下水質測定(ほう素として測定):環境基準超過数;概況調査7/3068本,汚染井戸周辺地区調査0/48本,継続監視調査45/203本;[2009年度,環境省]7)
土壌
- 土壌汚染調査(ほう素として測定):環境基準超過数(1991〜2009年度累積)271事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]12)
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適用法令等 |
- 水道法:水道水質基準値1 mg/L以下(ほう素及びその化合物として)
- 水質環境基準(健康項目):1 mg/L以下(ほう素及びその化合物として)
- 地下水環境基準:1 mg/L以下(ほう素及びその化合物として)
- 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準10 mg/L(海域以外),230 mg/L(海域)(ほう素及びその化合物として)
- 土壌環境基準:1 mg/L以下(ほう素及びその化合物として)
- 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準1 mg/L以下,土壌含有量基準4000 mg/kg (ほう素及びその化合物として)
- 日本産業衛生学会勧告:作業環境許容濃度
ジボラン0.012 mg/m3(0.01 ppm)
三フッ化ほう素0.83 mg/m3(0.3 ppm)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献