■用途
ブロモメタンは、常温で無色透明の気体で、畑やハウス栽培などで主に土壌用の殺虫剤として利用される農薬の有効成分(原体)です。くん蒸剤として用いられています。通常は加圧されて液化ガスとして貯蔵、輸送されます。液化ブロモメタンは、加圧が解かれると速やかに揮発しますが、空気より重いため、拡散したり希釈されにくい物質です。缶入りの液体ブロモメタンは、畑地の農業用シートなどの下で缶を開けて揮発させ、そのガスを土壌中に拡散させます。
対象となる作物は幅広く、スイカ、メロン、キュウリ、イチゴ、トマト、ピーマン、ショウガや花き類などがあげられます。つる割病、立枯病(たちがれびょう)、根腐病(ねぐされびょう)、青枯病(あおがれびょう)、カビ、ウイルスやセンチュウなど、広範囲の病害虫に対して殺虫・殺菌効果があるため、多用されてきました。
また、ブロモメタンは、検疫用にも使われています。農作物の輸出入の際に病害虫が侵入したり広まったりしないように、倉庫などに農作物を入れて消毒します。
ブロモメタンはオゾン層を破壊する物質として、モントリオール議定書によって、先進国では2005年1月1日以降は原則として製造が禁止されています。代替物質として、クロロピクリン、1,3-ジクロロプロペン(D-D)やダゾメットなどが使用されています。しかし、一部の農作物については技術的、経済的に代替が困難で、ブロモメタンの使用が不可欠であることから、2005年以降も、不可欠用途(クリシギゾウムシの防除、ショウガの根茎腐敗病の防除など)については、その生産と使用の段階的廃絶に向けた管理戦略をモントリオール議定書事務局に提出したうえで、例外的に生産と使用が継続されています。わが国では検疫用途と不可欠用途を除き、2005年に全廃しました1)。不可欠用途に関しても代替技術の開発を進め、ショウガの根茎腐敗病などの用途は2013年までに全廃、クリシギゾウムシの防除用途は技術確立後1〜2年、最長でも3年で現場へ普及することを目標としています1)。
なお、ブロモメタンは自然発生源をもつ物質です。最近の研究では自然発生源は熱帯域に集中しており、自然起源のブロモメタンの総量は全ブロモメタンの約60%を占めることが示されています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約900トンが環境中へ排出されたと見積もられています。検疫用くん蒸剤の使用に伴って排出されたほか、化学工業や倉庫業などの事業者から排出されたり、農薬などの使用に伴って排出されたもので、主に大気中へ排出されたほか、土壌へも排出されました。この他、化学工業の事業所から廃棄物として約6.5トンが移動されました。
■環境中での動き
ブロモメタンは常温では気体であり、大部分は大気中に存在すると考えられます2)。また、土壌の殺虫や殺菌を目的として利用されることが多いため、土壌中にも存在します。対流圏(地上から高度10数キロメートルまでの範囲)の大気中ではなかなか分解されず、半分の濃度になる期間は0.5〜1年と計算されています3)。ブロモメタンは、成層圏(地上から10〜50km)にまで到達し、太陽の強い紫外線を受けて分解されます。
成層圏にはオゾンが多く存在しており、このオゾンの多い層をオゾン層といいます。ブロモメタンの分解により生成した臭素原子がオゾンと結合することによって、オゾン層が破壊されます。ブロモメタンがオゾン層を破壊する力はCFC-11(フロン類の一種)に比べて0.6倍となっています4)。
環境省では1998年度から北海道においてブロモメタンの大気中濃度を調査していますが、これによるとブロモメタンの平均濃度は減少してきたものの、近年はほぼ横ばいです5)。
■健康影響
毒 性 ラットに16 mg/m3の濃度のブロモメタンを含む空気を2年間吸入させた実験では、鼻腔粘膜の炎症が認められています2)。この他、ラットにブロモメタンを含む空気を29ヵ月間吸入させた実験では、嗅上皮(鼻の奥にある臭いを感知する粘膜)の変性や、表皮の最下層にある基底細胞の過形成が認められ、この実験結果から求められる呼吸によって取り込んだ場合のLOAEL(最小毒性量)は12 mg/m3でした3)。
また、ラットに体重1 kg当たり1日0.4 mg、2 mg、10 mg、50 mgのブロモメタンを13週間、口から与えた実験では、10 mg以上を与えたグループに前胃の上皮に過形成が認められたほか2)3)、2 mg以上を与えたグループの雌雄に前胃の部分的なうっ血、雄に摂餌量の減少がみられたと報告されています3)。
ヒトリンパ球や細菌、細胞などを使った変異原性の試験において、陽性を示したと報告されています3)。なお、発がん性については、ラットの実験で一例、前胃の扁平上皮がんがみられていますが3)、動物実験に対する証拠は不十分で、人でも十分な証拠がないため2)、国際がん研究機関(IARC)では、ブロモメタンをグループ3(人に対する発がん性については分類できない)に分類しています。
体内への吸収と排出 人がブロモメタンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や食物によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、速やかに体内に分布し、一部は代謝され、一部は代謝されないまま、尿や呼気に含まれて排せつされます3)。
影 響 呼吸によってブロモメタンを取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、鼻腔粘膜への影響が認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を0.28 mg/m3としています2)。最近の大気中の最大濃度は0.00057 mg/m3であり、この無毒性量等よりも十分に低く、呼吸に伴う人の健康への影響は小さいと考えられます。
食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、この環境リスク初期評価では、口から与えたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.14 mgとしています2)。揮発性が高いため、これまでの測定では河川などからブロモメタンは検出されていませんが、ブロモメタンの食物中濃度から計算すると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.0002 mgと予測されます2)。これは上記の無毒性量等を下まわっているものの十分に低いとは言えないため、情報収集に努める必要があるとしています2)。
この他、呼吸によってブロモメタンを取り込んだ場合について、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、嗅上皮の変性などが認められたラットの実験におけるLOAELと大気中濃度の推計値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています3)。また、口から取り込んだ場合については、口から与えたラットの実験からNOAEL(無毒性量)を体重1 kg当たり1日0.29 mgと算出し、このNOAELと地下水中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)及び食物中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)を用いて評価し、この場合も、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています3)。
また、ブロモメタンは成層圏オゾンを破壊することにより、間接的に人の健康へ影響を及ぼします。オゾン層は太陽からの有害な紫外線を吸収し、地上の生態系を保護しています。オゾン層が減少すると地上に達する紫外線が増え、皮膚がんや白内障の増加など、人の健康への影響が懸念されています6)。
■生態影響
ブロモメタンは、魚類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、現在のところ、わが国では水生生物に対する信頼できるPNEC(予測無影響濃度)は算定されていません。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、ミジンコの遊泳阻害を指標として、河川水中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています3)。
また、ブロモメタンによって成層圏のオゾン層が破壊され、地上に降り注ぐ紫外線が増加すると、動植物の生息や生育に影響を及ぼすことが懸念されています。
性 状 |
無色透明の気体 |
生産量7)
(2010年)※ |
国内生産量:約700トン(原体)
輸 入 量:約170トン(原体) |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約900トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
25 |
大気 |
72 |
事業所(届出外) |
47 |
公共用水域 |
0 |
非対象業種 |
28 |
土壌 |
28 |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約220トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
54 |
倉庫業 |
28 |
食料品製造業 |
16 |
プラスチック製品製造業 |
1 |
− |
− |
事業所(届出)における移動量:約6.5トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
− |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
100 |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
PRTR対象 選定理由 |
変異原性,吸入慢性毒性,生態毒性(魚類),オゾン層破壊物質 |
環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):測定地点数4地点,検体数48検体,最小濃度0.000035 mg/m3,最大濃度0.00057 mg/m3;[2009年度,環境省]8)
- フロン等オゾン層影響微量ガス監視調査:北海道における大気中濃度;8.4 pptv;[2010年12月,環境省]5),川崎市における大気中濃度(2010年3月〜2011年2月の中央値);0.011 ppbv;[2011年,環境省]5)
- 化学物質環境実態調査:検出数10/12検体,最大濃度0.00049 mg/m3;[2003年度,環境省]9)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/71地点(検出下限値0.0001 mg/L);[2006年度,環境省]10)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/48検体(検出下限値0.0001 mg/L);[2002年度,環境省]9)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/7地点(検出下限値0.0001 mg/L);[2006年度,環境省]10)
底質
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/24地点(検出下限値0.002 mg/kg);[2002年度,環境省]11)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/20検体(検出下限値0.012〜0.05 mg/kg);[1976年度,環境省]9)
|
適用法令等 |
- 特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(オゾン層保護法):特定物質
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 大気汚染防止法:揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 労働安全衛生法:管理濃度1 ppm
- 食品衛生法:臭素(無機臭素)の残留農薬基準として 例えば,米(玄米)50 ppm,小麦50 ppm
|
注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
※本物質の生産量は2010年農薬年度(2009年10月〜2010年9月)のものです。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献