■用途
ふっ化水素は、水素とふっ素の化合物で、ふっ化水素の水溶性塩にはふっ化ナトリウム、ふっ化アンモニウムなどがあります。これらの物質の中で生産量が最も多いのはふっ化水素です。
ふっ化水素は、常温では無色透明の液体で、約20℃で沸騰して気体となります。水に溶けやすく、その水溶液であるふっ化水素酸は弱酸性を示します。ガラスや金属(金、プラチナを除く)などをよく溶かすので、この性質を利用して電球の内側のつや消し、ガラスの表面加工、ゴルフクラブのチタンヘッドやステンレス鍋などの表面処理などに使われたり、半導体製造プロセスにおいても半導体の表面処理剤などに使われています。この他、ふっ素樹脂加工したフライパンなどのふっ素樹脂原料としても使われています。今日、最も需要が多いのは代替フロンの原料としての用途と考えられます。
なお、ふっ素は反応性が高いため、自然界ではさまざまな元素と結合した化合物として存在し、元素の形では存在しません。ホタル石はふっ素がカルシウムと結合したもので、氷晶石はナトリウムとアルミニウムに結合したものです。虫歯予防のために歯科医がふっ化ナトリウムを使用することがありますが、これは歯の表面にあるエナメル質に含まれるカルシウムとふっ素を結合させることで歯をより硬くさせ、虫歯予防効果を目的としたものです。
また、ふっ化アンモニウムは、半導体を製造する際にシリコン酸化膜を除去する薬剤などとして使用されています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約3,000トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが下水道業などの事業所から排出されたもので、主に河川や海などへ排出されたほか、大気中へも排出されました。この他、電気機械器具製造業などの事業所から廃棄物として約5,500トン、下水道へ約39トンが移動されました。
環境中へ排出された場合、主に水中に存在すると予想されています1)。ふっ素は水中ではイオンとして存在します。また、ふっ素は地殻の表層部には重量比で0.03%程度存在し、クラーク数で17番目に多い元素で、海域中には河川や湖沼中に比べて、比較的高濃度で存在しています。温泉水や火山地帯の地下水にはかなり高濃度のふっ化物イオンが含まれていることがあります2)。
■健康影響
毒 性 ふっ素を継続的に飲み水によって体内に取り込むと、0.9〜1.2 mg/Lの濃度で12〜46%の人に軽度の斑状歯が発生することが報告されており、最近のいくつかの研究では1.4 mg/L以上で、骨へのふっ素沈着の発生率や骨折リスクが増加するとされています2)。斑状歯発生予防の観点から、水道水質基準及び水質環境基準が設定されています。
厚生労働省では、過剰摂取による健康被害の防止の観点から、栄養補助食品として用いるふっ素の上限摂取量を1日4 mg以下としています3)。
ふっ化水素は、ラットの培養細胞を使った染色体異常試験で陽性を示したと報告されています4)。ふっ化水素の発がん性について、国際がん研究機関(IARC)は評価していません。
体内への吸収と排出 人がふっ素を体内に取り込む可能性があるのは、飲み水や食物などによると考えられます。体内に取り込まれた場合は、甲状腺、動脈、腎臓では高濃度で分布し、尿に含まれて排せつされますが、骨や歯に吸収されたふっ素はほぼ100%がその場所に沈着します1)。
影 響 水道水の原水、河川や地下水から水道水質基準や環境基準を超える濃度のふっ素が検出されています。水道水の原水で水道水質基準を超過している原因は、主として地質に由来するものと考えられており、他の水源との混合希釈などの対応がなされています2)。なお、海水中では自然状態で水質環境基準値を超過しているため、海域には環境基準が適用されません。また、海水の影響がある河川や湖沼の測定地点のデータも評価から除外されます。
魚介類や昆布など、食物からのふっ素の摂取量については信頼できるデータがありません。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの繁殖阻害を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.14 mg/Lとしています5)。これまでにPNECを超える濃度が河川などから検出されており、環境省ではふっ化水素及びその水溶性塩を詳細な評価を行う候補としています5)。
性 状 |
ふっ化水素:無色透明の液体
揮発性物質 |
生産量6)
(2010年) |
【ふっ化水素】
国内生産量:約69,000トン(50%換算)
輸 入 量:約76,000トン
輸 出 量:約19,000トン
【ふっ化ナトリウム】
国内生産量:約240トン
【ふっ化アンモニウム】公表データなし |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約3,000トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
79 |
大気 |
20 |
事業所(届出外) |
21 |
公共用水域 |
80 |
非対象業種 |
− |
土壌 |
0 |
移動体 |
− |
埋立 |
0 |
家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約2,300トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
下水道業 |
58 |
鉄鋼業 |
11 |
非鉄金属製造業 |
9 |
化学工業 |
6 |
電気機械器具製造業 |
6 |
事業所(届出)における移動量:約5,500トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
99 |
下水道への移動 |
1 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
電気機械器具製造業 |
43 |
窯業・土石製品製造業 |
28 |
化学工業 |
18 |
非鉄金属製造業 |
4 |
金属製品製造業 |
3 |
PRTR対象 選定理由 |
変異原性,経口慢性毒性,作業環境許容濃度 |
環境データ |
水道水
- 原水・浄水水質試験(ふっ素として測定):水道水質基準超過数;原水7/5229地点,浄水0/5507地点;[2009年度,日本水道協会]7) 8)
公共用水域
- 公共用水域水質測定(ふっ素として測定):環境基準超過数13/2968地点,最大濃度2.9 mg/L;[2010年度,環境省]9)
地下水
- 地下水質測定(ふっ素として測定):環境基準調査数;概況調査17/3527本,汚染井戸周辺地区調査5/155本,継続監視調査138/365本;[2009年度,環境省]10)
土壌
- 土壌汚染調査:環境基準超過数(ふっ素として測定・1991〜2009年度累積)1371事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]11)
生物(貝)
- 化学物質環境実態調査(ふっ素として測定):検出数;32/35検体,最大濃度113 mg/kg;[2006年度,環境省] 12)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査(ふっ素として測定):検出数;15/24検体,最大濃度7.0 mg/kg;[2006年度,環境省] 12)
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適用法令等 |
【ふっ化水素】
- 大気汚染防止法:特定物質,揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 労働安全衛生法:管理濃度0.5 ppm(25℃換算で0.4 mg/m3)
【ふっ素及びその化合物】
- 水道法:水道水質基準値0.8 mg/L以下
- 水質環境基準(健康項目):0.8 mg/L以下
- 地下水環境基準:0.8 mg/L以下
- 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準 8 mg/L(海域以外),15 mg/L(海域)
- 土壌環境基準:0.8 mg/L以下
- 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準0.8 mg/L以下,土壌含有量基準4000 mg/kg以下
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献