■用途
ナフタレンは、常温で無色の固体です。空気中で、固体の状態から液体にならずに気化し、ナフタリン臭を発します。他の化学物質の原料として用いられ、染料、顔料、合成樹脂、爆薬、滅菌剤や燃料などの原料として使われています。この他、繊維防虫剤として、家庭やクリーニング業者などでも使われたり、農薬の補助剤として使われています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約730トンが環境中へ排出されたと見積もられています。家庭から防虫剤の使用に伴って排出されたほか、輸送用機械器具製造業や化学工業などの事業所から排出されたり、農薬の使用に伴って排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、化学工業や電気機械器具製造業などの事業所から廃棄物として約100トン、下水道へ約0.047トンが移動されました。
■環境中での動き
環境中へ排出されたナフタレンは、大気中では蒸気として存在すると考えられます1) 。大気中では化学反応によって分解され、3〜30時間で半分の濃度になると計算されています2) 。紫外線を吸収して分解することも考えられます1) 。
水中に入った場合は、水中の懸濁物質(水中の粒子)や水底の泥に吸着されやすいと考えられます1)。微生物分解によって0.8〜43日で半分の濃度になると計算されています1)。この他、光分解や大気中への揮発によっても失われると予想されます1)。光分解による半減期は71時間で、日照下の水の表面では、光分解が進むと考えられます1)。揮発による半減期は、モデル実験では河川では3時間、湖では5日と見積もられています1)。加水分解はされないと考えられます1) 2)。
土壌中では、土壌表面から大気中へ揮発して失われたり、微生物によって分解されると考えられ、微生物分解による半減期は2〜18日と計算されています1)。
■健康影響
毒 性 マウスの雌に157.2 mg/m3の濃度のナフタレンを含む空気を104週間吸入させた実験では、肺に腺腫の発生が認められています2)。国際がん研究機関(IARC)はナフタレンをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています。
9.4 mg/m3の濃度のナフタレンを含む空気を、ラットに105週間、マウスに104週間吸入させた実験で、ともに鼻粘膜の変性が認められています2)。また、マウスに体重1 kg当たり1日267 mgのナフタレンを14日間、口から与えた実験では、脾臓重量の減少が認められました2)。
体内への吸収と排出 人がナフタレンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸などによると考えられます。体内に取り込まれた場合は、ラットの実験によると、代謝物に変化し、24時間後には76%が尿に含まれて排せつされ、72時間後には約83%が尿に含まれて、6%がふんに含まれて排せつされたと報告されています2)。
影 響 呼吸によってナフタレンを取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、鼻粘膜の変性が認められたラットとマウスの実験結果に基づいて、無毒性量等を0.94 mg/m3としています2)。この環境リスク初期評価を行った時点における大気中の最大濃度は0.00027 mg/m3(最近の最大濃度は0.00053 mg/m3)で、一部地域では0.0011 mg/m3が検出されており、情報収集に努める必要があるとしています2)。また、室内空気中の濃度については一部地域の測定データでは0.12 mg/m3が検出されており、詳細な評価を行う候補としています2)。
食物や飲み水を通じて口からナフタレンを取り込んだ場合について、この環境リスク初期評価では、脾臓重量の減少が認められたマウスの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日5.3 mgとしています2)。飲み水の測定データがないため、公共用水域淡水のデータから計算すると、人が飲み水を通じて口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.0000076 mg未満と予測されます2)。また、一部地域の食物中濃度のデータを加えると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.000034 mg未満と予測されます2)。この結果に基づけば、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
■生態影響
水生生物保全の観点から環境基準の設定を検討した際に、ナフタレンの水質目標値として、河川・湖沼のイワナ・サケマス域では繁殖場・幼稚仔魚の生育場を含め0.02 mg/L、河川・湖沼のコイ・フナ域では繁殖場・幼稚仔魚の生育場を含め0.3mg/L、海域では繁殖場・幼稚仔魚を含めて0.04 mg/Lが算出されています3)。水中からこの目標値を超える濃度のナフタレンは検出されていません3)。
なお、この目標値は感受性の高い生物個体の保護までは考慮せず、集団の維持を可能とするレベルで設定されたものです3)。環境基準設定の検討時点において、目標値の1/10を超える濃度のナフタレンは検出されておらず、ナフタレンは、水生生物保全の観点からの環境基準項目や要監視項目にはされていません3)。
国際機関のデータ集では、ナフタレンの魚類に対する急性毒性は非常に強いとされています4)。
性 状 |
無色の固体 昇華性がある |
生産量5)
(2010年)※ |
国内生産量:約190,000トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約730トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
39 |
大気 |
96 |
事業所(届出外) |
9 |
公共用水域 |
1 |
非対象業種 |
4 |
土壌 |
4 |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
48 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約290トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
輸送用機械器具製造業 |
42 |
化学工業 |
23 |
金属製品製造業 |
13 |
窯業・土石製品製造業 |
11 |
鉄鋼業 |
4 |
事業所(届出)における移動量:約100トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
45 |
電気機械器具製造業 |
26 |
窯業・土石製品製造業 |
13 |
非鉄金属製造業 |
7 |
金属製品製造業 |
3 |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,吸入慢性毒性,生態毒性(魚類) |
環境データ |
大気
- 化学物質環境実態調査:検出数21/24検体,最大濃度0.00053 mg/m3;[2007年度,環境省] 6)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数6/101地点,最大濃度0.00019 mg/L;[2005年度,環境省]7)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/7地点(検出下限値0.00001 mg/L または0.00003 mg/L;[2005年度,環境省]7)
底質
- 化学物質環境実態調査:検出数0/20検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1976年度,環境省]6)
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適用法令等 |
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献