リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート
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作成年: 2012年

スチレン

別   名 スチロール、スチレンモノマー、エテニルベンゼン
管理番号 240
PRTR政令番号 1-275(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
C A S 番 号 100-42-5
構 造 式 スチレン構造式
  • スチレンは、ポリスチレンなどの合成樹脂、合成ゴムや合成樹脂塗料の原料などとして使われています。食品トレーなどに使われる発泡スチロールは、スチレンを原料としてつくられたポリスチレンを発泡させて製造したものです。
  • 2010年度のPRTRデータでは、環境中への排出量は約3,900トンでした。事業所のほか、自動車などの排気ガスに含まれて排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。

■用途

 スチレンは、常温で無色透明の液体で、揮発性物質です。主に合成樹脂の原料として使われ、この用途で消費量の80%程度を占めます。また、10%弱が合成ゴムの原料として使われているほか、エポキシ樹脂塗料、アクリル樹脂塗料などの合成樹脂塗料の原料としても使われています。
 スチレンからつくられる合成樹脂には、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、AS樹脂、不飽和ポリエステルなどがありますが、これらのうちポリスチレン樹脂は、スチレンの需要全体の60%程度を占めています。
 ポリスチレン樹脂は、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、塩ビ樹脂についで4番目に生産量の多い合成樹脂です。軽量で成形加工が容易であり、断熱性、緩衝性にすぐれているため、家電製品のキャビネットや部品、冷蔵庫の内張り、事務機器、台所容器、玩具などに使われています。発泡加工されたポリスチレン(発泡スチロール)は、断熱材、梱包材料、食品トレーなどに使われています。プラスチック材質識別マークで、マークの真ん中の数字が6と書かれていたり、PSと書かれているものがポリスチレンです。
 ABS樹脂は、アクリロニトリルブタジエンと、スチレンを重合した合成樹脂で、家電製品や自動車の内外装、OA機器、電話機などに利用されています。
 AS樹脂は、アクリロニトリルとスチレンを重合した合成樹脂で、ポリスチレンよりも耐熱性、耐衝撃性、耐化学薬品性にすぐれ、扇風機の羽やテープレコーダ用カセット、簡易ライターなどに使われています。
 不飽和ポリエステルは、主にガラス繊維強化プラスチックの主原料として使用されています。
 なお、車の排気ガスにもスチレンは含まれています。

■排出・移動

 2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約3,900トンが環境中へ排出されたと見積もられています。プラスチック製品製造業や化学工業などの事業所のほか、自動車やオートバイなどの排気ガスに含まれて排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、上記などの事業所から廃棄物として約2,100トン、下水道へ約0.71トンが移動されました。
 なお、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂などを使用している断熱材、浴室ユニット、畳芯材などに未反応のスチレンモノマー(単量体)が残留している場合には、室内空気中にスチレンが揮発する可能性があります1)

■環境中での動き

 大気中へ排出されたスチレンは、化学反応によって分解され、4〜7時間で半分の濃度になると計算されています2)。水中へ入った場合は、大気中へ揮発したり、微生物によって分解されることによって失われると考えられます2)

■健康影響

毒 性 スチレン(モノマー)は、シックハウス症候群との関連性が疑われていることから、厚生労働省ではスチレンの室内空気中濃度の指針値を0.22 mg/m3 (0.05 ppm)と設定しています1)。これは、ラットの実験において脳や肝臓に影響が認められたLOAEL(最小毒性量)に基づいて、安全率を加味して設定されたものです1)
 イヌに体重1 kg当たり1日400 mgのスチレンを19ヵ月、口から与えた実験では赤血球にハインツ小体(ヘモグロビンが変性されたもので溶血性貧血の重要因子)の増加が認められました3)
 この他、ラットにスチレンを60日間、口から与えた実験では、精巣上体の精子数の減少などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日86 mgでした2)
 変異原性に関しては、試験管内における染色体異常試験などでは陽性を示したと報告されていますが、生体を使った染色体異常試験などでは陰性と陽性の両方の結果が報告されています2)。作業現場においては、作業者の末梢血リンパ球で染色体異常頻度の増加がみられたと報告されています2)
 発がん性については、多くの実験結果の報告があるものの、実験内容の不備があったり、データの詳細が不明であることなどから、実験動物に対する発がん性を明確に判断できていません2)国際がん研究機関(IARC)は、実験動物では発がん性についての証拠は限られているものの、変異原性の作用の仕組みや人で染色体異常が観察されていることを考慮して、スチレンをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています2)

体内への吸収と排出 人がスチレンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸などによると考えられます。体内に取り込まれた場合は、スチレンオキシドなどの代謝物に変化し、尿に含まれて排せつされます2)。スチレンオキシドがスチレンの毒性の原因物質と考えられています2)

影 響 国土交通省による新築1年以内の住宅を対象とした室内空気の実態調査によると、2005年度には、室内空気濃度の指針値を超えた住宅が一部にありました4)。建材などから放出されるスチレンを含む揮発性有機化合物(VOC)の低減が図られていますが、スチレンの発生源となる建材や製品を使用した室内では、体内に多くのスチレンが取り込まれる可能性があることに配慮する必要があります2)。大気中からもスチレンは検出されていますが、その濃度は室内空気濃度の指針値よりも十分に低いものでした。
 食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、赤血球に異常が認められたイヌの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日140 mgとしています3)。スチレンの食物中濃度と飲料水の測定データ(検出下限値0.0001 mg/L以下)から計算すると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.0004 mgと予測されます3)。これは、上記の無毒性量等よりも十分に低く、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
 なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、精子数の減少などが認められたラットの実験におけるNOAELと水道水中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)及び食物中濃度の実測値を用いて評価し、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断していますが、スチレンは変異原性をもつため、発がん性について詳細なリスク評価が必要な候補物質としています2)

■生態影響

 環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、魚類の生存に対する影響を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.0091 mg/Lとしています3)。これまで得られた河川や海域の水中濃度はこのPNECよりも十分に低いため、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。
 なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、藻類の生長阻害を指標として、河川水中濃度の推計値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)

性 状 無色透明の液体  揮発性物質
生産量5)
(2010年)
国内生産量:約2,900,000トン
輸 入 量:約54トン
輸 出 量:約1,400,000トン
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ)
環境排出量:約3,900トン 排出源の内訳[推計値](%) 排出先の内訳[推計値](%)
事業所(届出) 60 大気 96
事業所(届出外) 0 公共用水域 4
非対象業種 2 土壌 0
移動体 38 埋立
家庭 (届出以外の排出量も含む)
事業所(届出)における排出量:約2,300トン 業種別構成比(上位5業種、%)
プラスチック製品製造業 38
化学工業 22
輸送用機械器具製造業 15
電気機械器具製造業 13
その他の製造業 3
事業所(届出)における移動量:約2,100トン 移動先の内訳(%)
廃棄物への移動 100 下水道への移動 0
業種別構成比(上位5業種、%)
化学工業 66
プラスチック製品製造業 17
電気機械器具製造業 6
一般機械器具製造業 3
輸送用機械器具製造業 3
PRTR対象
選定理由
発がん性,変異原性,経口慢性毒性生態毒性(魚類)
環境データ

大気

  • 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):測定地点数21地点,検体数228検体,最小濃度0.0000062 mg/m3,最大濃度0.0014 mg/m3;[2009年度,環境省]6)
  • 化学物質環境実態調査:検出数42/42検体,最大濃度0.0027 mg/m3;[1998年度,環境省]7)

室内空気

  • 室内空気中の化学物質濃度の実態調査:指針値超過数;7/1181件;[2005年度,国土交通省]4)

公共用水域

  • 化学物質環境実態調査:検出数0/36検体(検出下限値0.0002 mg/L);[1997年度,環境省]7)

底質

  • 化学物質環境実態調査;検出数0/33検体(検出下限値0.0078 mg/kg);[1997年度,環境省]7)

生物(魚)

  • 化学物質環境実態調査:検出数 28/131検体,最大濃度0.0023 mg/kg;[1986年度,環境省]7)
適用法令等
  • 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
  • 大気汚染防止法:揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
  • 室内空気汚染に係るガイドライン:指針値0.22 mg/m3(0.05 ppm)
  • 住宅の品質確保の促進等に関する法律:住宅性能表示制度における室内空気中濃度の特定測定物質
  • 水道法:要検討項目(目標値0.02 mg/L)
  • 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
  • 悪臭防止法:特定悪臭物質 規制基準1.7 mg/m3(0.4 ppm)
  • 労働安全衛生法:管理濃度 20 ppm (20℃換算で85 mg/m3)

注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。

■引用・参考文献

■用途に関する参考文献

  • (独)製品評価技術基盤機構・(財)化学物質評価研究機構「化学物質の初期リスク評価書Ver.1.0」((独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 委託事業、2007年公表)
    http://www.safe.nite.go.jp/risk/files/pdf_hyoukasyo/177riskdoc.pdf
  • 化学工業日報社『16112の化学商品』(2012年1月発行)