リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート
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作成年: 2012年

水銀及びその化合物

主な物質:水銀、塩化水銀(II)、酸化水銀(II)、塩化メチル水銀

管理番号:237

水銀
PRTR政令番号:1-272(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:7439-97-6 組成式:水銀組成式

塩化水銀(II)
PRTR政令番号:1-272(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:7487-94-7 組成式:塩化水銀(II)組成式

酸化水銀(II)
PRTR政令番号:1-272(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:21908-53-2 組成式:酸化水銀(II)組成式

塩化メチル水銀
PRTR政令番号:1-272(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号) CAS番号:115-09-3
組成式:塩化メチル水銀組成式

  • 水銀は、各種電極、金・銀などの抽出液、血圧計などの計器類、水銀灯や蛍光灯などに使われています。
  • 水銀の無機化合物には塩化水銀(II)などがあり、殺菌剤、試薬や触媒などに使われています。
  • 2010年度のPRTRデータでは、環境中への排出量は約1.8トンでした。すべてが石炭火力発電所や事業所から排出されたもので、大気中へ排出されたほか、事業所内において埋立処分されたり、河川や海などへも排出されました。

■用途

 水銀は、常温で液体である唯一の金属で、水に溶けにくい銀色の物質です。他の金属と違って低温で固体から液体になり、また常温でも揮発します。水銀は自然界では硫黄と結合しやすいため、硫化水銀(辰砂)の形で存在することが多く、硫化水銀は、紀元前から赤色顔料などとして用いられ、金メッキをする際にも利用されてきました。
 水銀は、各種電極や金・銀などの抽出液などに使われているほか、身近なところでは、血圧計、体温計、温度計などの計器類、水銀灯、蛍光灯などに使われています。また、かつては虫歯に詰めたりするアマルガムや消毒薬のマーキュロクロムにも多く使われていましたが、現在ではほとんど使われていません。なお、水銀は石炭中にも微量に含まれています。
 水銀の化合物には、塩化水銀(II)、酸化水銀(II)や塩化メチル水銀などがあります。
 塩化水銀(II)は、水に溶けやすく、常温で白色の固体です。殺菌剤や防腐剤、実験用試薬や合成樹脂製造の際の触媒などに使われています。
 酸化水銀(II)は、常温では固体で、赤色と黄色の2種類があります。磁器顔料の希釈剤、試薬の触媒などに使われています。
 塩化メチル水銀は、常温で白色の固体で、試薬として使われています。なお、有機水銀中毒として知られる水俣病は、アセトアルデヒドの製造過程で触媒として使われていた無機水銀化合物から塩化メチル水銀が副生され、これを処理しないまま排水として川や海へ排出したことから起きたものです。

■排出・移動

 2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約1.8トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが石炭火力発電所、非鉄金属製造業や下水道業などの事業所から排出されたもので、大気中へ排出されたほか、事業所内において埋立処分されたり、河川や海などへも排出されました。この他、窯業・土石製品製造業や鉄鋼業などの事業所から廃棄物として約8.0トンが移動されました。

環境中での動き

 大気中へ排出された水銀は、ほとんどが水銀蒸気として存在すると考えられます1)。人為的な排出以外にも、水銀蒸気として地殻や海などから揮発したり、火山からの噴出によって、大気中に放出されます1)。大気中での残留時間は、報告によって6日から6年間までと幅があります1)。多くは雨とともに地表に降下します2)。土壌中や水中では再び水銀蒸気に戻ったり、微生物によって有機水銀化合物に変化するものもあります1)2)3)。さらに、水と食物の両方から食物連鎖を通じて水生・海洋動物に生物濃縮すると考えられています1)
 なお、水銀は地殻の表層部には重量比で0.00002%程度存在し、クラーク数で65番目に多い元素です。

■健康影響

毒 性 水銀及びその化合物は、その形態によって毒性が異なります。
 水銀は脳の中に蓄積しやすく、体内で酸化反応を受ける前に脳に移行すると水銀によって中枢神経障害を起こすおそれがあります4)。職業上、空気中から水銀蒸気を取り込んだ事例の報告から、呼吸によって取り込んだ場合のLOAEL(最小毒性量)は0.02 mg/m3と考えられ、これに基づいて有害大気汚染物質指針値が設定されています5)
 また、口から水銀を取り込んだ場合について、子どもが体温計の水銀を誤って飲み込んだ事故では影響はほとんどみられなかったと報告されています6)。塩化水銀(II)の場合、動物に長期間、口から取り込ませたいくつかの実験では、尿細管の変性及び壊死、腎症などの重い腎臓障害などが報告されています7)
 有機水銀化合物は、無機水銀化合物に比べて毒性が強いとされています。メチル水銀は神経細胞中のたんぱく質の構造を変えることによって、神経細胞を変性、壊死させると考えられており1)、特に胎児への影響が大きいとされています。魚介類中に含まれる水銀は、そのほとんどがメチル水銀の形態で含まれていることから、厚生労働省では、妊婦に対して、水銀(メチル水銀)を含む魚介類等の摂取について注意事項を公表し、バランスよく魚介類をとるよう注意を促しています8)。また、妊婦を対象としたメチル水銀のTWI(耐容週間摂取量)を、1週間に体重1 kg当たり0.002 mgと算出しています9)。国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同食品添加物専門家会議(JECFA)では、2003年に、胎児への影響を考慮して、メチル水銀のPTWI(暫定耐容週間摂取量)を1週間に体重1 kg当たり0.0016 mgと再評価しています10)
 水道水質基準水質環境基準は、魚介類の食品としての暫定的規制値(総水銀0.4 ppm、メチル水銀0.3 ppm)を超えない濃度となるように設定されています11)
 塩化水銀(II)は、マウスの骨髄細胞を使った染色体異常試験で陽性を示したと報告されています12)。また、水銀も、マウスを使った変異原性を調べる試験で陽性を示したと報告されています12)。水銀元素の変異原性に関して、国際化学物質安全性計画(IPCS)は、動物試験データは得られておらず、人が職業上で取り込んだ場合については、限定的な情報ではあるが、突然変異の可能性は示されていないとしています1)
 発がん性については、国際がん研究機関(IARC)ではメチル水銀化合物をグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類し、水銀及び無機水銀化合物はグループ3(人に対する発がん性については分類できない)に分類しています。

体内への吸収と排出 人が水銀及びその化合物を体内に取り込む可能性があるのは、水銀の場合は呼吸、水銀化合物の場合は食物や飲み水によると考えられます。口から取り込まれた場合には、水銀はほとんど吸収されずに、そのままの形で便や尿に含まれて排せつされます。呼吸によって取り込まれた場合には、血液を通して全身に運ばれ、二価水銀へ酸化されてから、尿や便に含まれて排せつされ、約1〜2カ月で半分の濃度になるとされています6)
 水銀化合物である塩化水銀(II)では、口から人の体内に取り込まれた場合の吸収率は平均5〜7%とされ、主に尿や便から排せつされます7)。半分の濃度になる期間は水銀とほぼ同じです7)

影 響 環境省の2009年度の調査では、大気中からは有害大気汚染物質の指針値を超える濃度の水銀及びその化合物は検出されておらず、呼吸に伴う人の健康への影響は小さいと考えられます。
 厚生労働省の調査では、日本人の食品からの水銀(総水銀)の摂取量は、1994〜2003年の10年間の平均では、1週間に体重1 kg当たり0.0012 mgと報告されています9)。摂取される水銀をすべてメチル水銀と仮定しても、メチル水銀のTWIやPTWIよりも低く、平均的な食生活をしている限り、健康への影響について懸念されるレベルではないと考えられます。また、水道水からは水道水質基準を超える濃度の水銀は検出されていませんが、河川や地下水から水質環境基準を超える濃度の水銀がまれに検出されています。このような汚染された水を長期間飲用するような場合を除いて、飲み水などを通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。

■生態影響

 無機水銀化合物と有機水銀化合物は水生生物に対して、急性毒性及び慢性毒性が強いとされています7)。水銀及びその化合物は、水銀蒸気の魚類に対する有害性からも PRTR制度の対象物質に選定されていますが、現在のところ、わが国では水生生物に対する信頼できるPNEC(予測無影響濃度)は算定されていません。

性 状 水銀:銀色の液体
無機水銀化合物:白色の固体(塩化水銀);赤色または黄色の固体(酸化水銀)
塩化メチル水銀:白色の固体
生産量13)
(2010年)
【水銀】
輸 入 量:約0.013トン
輸 出 量:約91トン
【塩化水銀(II)】
国内生産量:約0.1トン
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ)
環境排出量:約1.8トン 排出源の内訳[推計値](%) 排出先の内訳[推計値](%)
事業所(届出) 45 大気 54
事業所(届出外) 55 公共用水域 9
非対象業種 土壌
移動体 埋立 37
家庭 (届出以外の排出量も含む)
事業所(届出)における排出量:約0.81トン 業種別構成比(上位5業種、%)
非鉄金属製造業 78
下水道業 15
産業廃棄物処分業(特別管理産業廃棄物処分業を含む。) 5
一般廃棄物処理業(ごみ処分業に限る。) 1
パルプ・紙・紙加工品製造業 0
事業所(届出)における移動量:約8.0トン 移動先の内訳(%)
廃棄物への移動 100 下水道への移動 0
業種別構成比(上位5業種、%)
窯業・土石製品製造業 55
鉄鋼業 37
電気機械器具製造業 6
化学工業 1
プラスチック製品製造業 0
PRTR対象
選定理由
発がん性,変異原性,経口慢性毒性,吸入慢性毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(水銀蒸気:魚類)
環境データ

大気

  • 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):指針値超過数0/193地点,平均濃度0.000002 mg/m3,最大濃度0.0000046 mg/m3; [2009年度,環境省]14)

水道水

  • 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数;原水0/5206地点,浄水0/5357地点;[2009年度,日本水道協会]15)16)

公共用水域

  • 公共用水域水質測定:環境基準超過数(総水銀として測定)1/4219地点,最大濃度0.0019 mg/L,環境基準超過数(アルキル水銀として測定)0/986地点;[2010年度,環境省]17)

地下水

  • 地下水質測定:環境基準超過数(総水銀として測定);概況調査2/3154本,汚染井戸周辺地区調査4/39本,継続監視調査23/145本;[2009年度,環境省] 18)

土壌

  • 土壌汚染調査:環境基準超過数(1991〜2009年度累積)421事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]19)

生物(鳥)

  • 化学物質環境実態調査(水銀として測定):検出数8/8検体,最大濃度0.16 mg/kg;[1980年度,環境省]20)

生物(貝)

  • 化学物質環境実態調査(水銀として測定):検出数12/15検体,最大濃度0.02mg/kg;[1979年度,環境省] 20)

生物(魚)

  • 化学物質環境実態調査(水銀として測定):検出数40/40検体,最大濃度0.71 mg/kg;[1979年度,環境省] 20)
適用法令等
  • 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):監視化学物(酸化水銀(II))
  • 有害大気汚染物質指針値:0.00004 mg/m3以下(1年平均値)
  • 水道法:水道水質基準値0.0005 mg/L以下
  • 水質環境基準(健康項目):0.0005 mg/L以下(総水銀),検出されないこと(アルキル水銀
  • 地下水環境基準:0.0005 mg/L以下(総水銀),検出されないこと(アルキル水銀)
  • 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準0.005 mg/L以下(水銀及びアルキル水銀その他の水銀化合物)
  • 土壌環境基準:0.0005 mg/L以下(総水銀),検出されないこと(アルキル水銀)
  • 土壌汚染対策法:特定有害物質;土壌溶出量基準 水銀0.0005 mg/L以下かつアルキル水銀が検出されないこと,土壌含有量基準15 mg/kg以下
  • 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥):0.005 mg/L以下(水銀又はその化合物),検出されないこと(アルキル水銀化合物)
  • 労働安全衛生法:管理濃度0.025 mg/m3(硫化水銀を除く)

注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
※ アルキル水銀とは、メチル基、エチル基などのアルキル基と水銀が結びついた有機水銀化合物の総称です。

■引用・参考文献

■用途に関する参考文献