■用途
ジメチル=2,2,2-トリクロロ-1-ヒドロキシエチルホスホナート(以下「トリクロルホン」と表記します)は、常温で無色の固体で、水に溶けやすい物質です。有機りん系殺虫剤の有効成分(原体)で、通常、乳剤、粉剤、粒剤などに製剤化されたものが使われています。
トリクロルホンは、1950年代の初期から使われており、イネのニカメイチュウ、果物や野菜のアブラムシ類、樹木のアメリカシロヒトリなどに対して使用されています。また、観賞魚のコイやキンギョに寄生する虫の駆除に使われたりするほか、防疫用殺虫剤にも含まれています。また、家庭で用いられる園芸用の殺虫剤にも、トリクロルホンを含むものがあります。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約180トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが農薬の使用に伴って排出されたもので、ほとんどが土壌へ排出されました。家庭からも、園芸用殺虫剤の使用に伴って排出されました。この他、化学工業の事業所から廃棄物として約0.96トン、下水道へ0.001トンが移動されました。
■環境中での動き
土壌へ排出されたトリクロルホンは、主に化学反応によって分解され、1ヵ月以内にごく微量の濃度にまで減少するとされています1)。水中では主に加水分解によって失われます1)。また、pH5.5以上の場合は、りん酸ジメチル=2,2-ジクロロビニル(別名ジクロルボス)に変化するとされています1)。
■健康影響
毒 性 トリクロルホンは、コリンエステラーゼ(生体内に存在する酵素の一種)の活性を阻害して神経系に影響を与え、けいれんや呼吸不全を起こすことがあります1)。
ボランティアによる試験では、赤血球コリンエステラーゼの活性の減少が認められ、この試験結果から求められる口から取り込んだ場合のLOEL(最小影響量)は、体重1 kg当たり1日0.2 mg でした2)。
国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同食品添加物専門家会議(JECFA)は、トリクロルホンのADI(一日許容摂取量)を体重1 kg当たり1日0.02 mgと算出していましたが、上記の実験結果に基づいて、2003年に体重1 kg当たり1日0.002 mgと再評価しています3)。わが国では、体重1 kg当たり1日0.01 mg とするADIに基づいて水道水質管理目標値が設定されています4)。
なお、労働安全衛生法による管理濃度、日本産業衛生学会による作業環境許容濃度は設定されていませんが、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)は1日8時間、週40時間の繰り返し労働における作業者の許容濃度を1 mg/m3と勧告しています5)。
体内への吸収と排出 人がトリクロルホンを体内に取り込む可能性があるのは、食物や飲み水によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、代謝された後、主に尿に含まれて排せつされると考えられています6)。
影 響 厚生労働省が行っている「食品中の残留農薬の一日摂取量調査結果」によると、トリクロルホンの平均1日摂取量は0.00242〜0.0032 mgと推計されています7)。これは、体重50 kg換算のADI(体重1 kg当たり1日0.01 mg)の0.48〜0.64%に相当します。また、水道水や河川などから水道水質管理目標値を超える濃度のトリクロルホンは検出されておらず、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
■生態影響
トリクロルホンは、甲殻類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、現在のところ、わが国では水生生物に対する信頼できるPNEC(予測無影響濃度)は算定されていません。
性 状 |
無色の固体 水に溶けやすい |
生産量8)
(2010年) ※ |
国内生産量:−(不明または出荷・生産なし)
輸 入 量:約140トン(原体) |
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ) |
環境排出量:約180トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
0 |
大気 |
− |
事業所(届出外) |
0 |
公共用水域 |
0 |
非対象業種 |
91 |
土壌 |
100 |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
9 |
(届出以外の排出量も含む) |
事事業所(届出)における排出量:約0トン(1 kg未満) |
業種別構成比(上位5業種、%) |
全体の届出排出量が1 kg未満のため省略します |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
事業所(届出)における移動量:約0.96トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
100 |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
PRTR対象 選定理由 |
経口慢性毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(甲殻類) |
環境データ |
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質管理目標値超過数;原水0/998地点,浄水0/943地点;[2009年度,日本水道協会]9) 10)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/30地点(検出下限値0.0003 mg/L);[2008年度,環境省]11)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/33 検体(検出下限値0.0002 mg/L);[1993年度,環境省]12)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/82地点(検出下限値0.0003 mg/L);[2004年度,環境省]13)
底質
- 化学物質環境実態調査:検出数0/33 検体(検出下限値0.008 mg/kg);[1993年度,環境省]12)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数 0/33検体(検出下限値0.004 mg/kg);[1993年度,環境省] 12)
その他
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適用法令等 |
- 水道法:水道水質管理目標値0.03 mg/L以下(農薬類;トリクロルホン)
- ゴルフ場使用農薬に係る暫定指導指針値:0.05 mg/L(排水口)
- 公共用水域等における農薬の水質評価指針:0.03 mg/L以下
- 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)1 mg/L以下
- 食品衛生法:残留農薬基準 例えば,米(玄米)0.20 ppm,ばれいしょ0.50 ppm
- 農薬取締法:登録農薬
- 農薬取締法:水質汚濁に係る農薬登録保留基準値(0.3 mg/L)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
※本物質の生産量は2010年農薬年度(2009年10月〜2010年9月)のものです。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献
■適用作物に関する情報