■用途
ジクロロメタンは、塩素を含む有機化合物で、常温で無色透明の、水に溶けやすい液体です。不燃性で、ものをよく溶かし、しかも沸点が40℃と低く、揮発しやすい性質があります。このため、約半分が、フロン113などに代わる洗浄剤として、金属部品や電子部品の加工段階で用いた油の除去などに使われています。この他、医薬品や農薬を製造する際の溶剤として使われたり、エアゾール噴射剤、塗装はく離剤、ポリカーボネート樹脂を重合する際の溶媒、ウレタンフォームの発泡助剤などに使われています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約16,000トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが金属製品製造業、木材・木製品製造業やプラスチック製品製造業などの幅広い業種の事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約7,800トン、下水道へ約1.4トンが移動されました。
ジクロロメタンは、大気汚染防止法で有害大気汚染物質の優先取組物質に指定され、事業者による自主的な排出削減が進められてきました。この自主管理に参加している事業者から大気中へ排出されたジクロロメタンの量は、1999年度は1995年度に比べて34%削減され、2003年度には1999年度に比べて56%削減されています1)。
■環境中での動き
ジクロロメタンは、環境中では分解されにくい物質で、大気中では化学反応によって分解されますが、半分の濃度になるには2〜4ヵ月かかると計算されています2)。大気中のジクロロメタンの2〜2.5%が成層圏に入りますが、オゾン層は破壊しないと考えられています3)。水中へ入った場合は、微生物分解はされにくく、大気中へ揮発されることによって失われると考えられます2)。土壌中に原液のままで排出された場合、土壌への吸着性が弱いため地下浸透して地下水を汚染し、長い間、残留する可能性があります。
■健康影響
毒 性 ジクロロメタンは、生物細胞を使った試験管内における変異原性試験では陽性を示したと報告されていますが、動物を用いた試験では明確に陽性を示す結果は得られていません2) 3)。発がん性については、マウスに6,940 mg/m3の濃度のジクロロメタンを含む空気を2年間吸入させた実験では、肝細胞に良性腫瘍やがんの発生率の増加が報告されていますが4)、種による違いが大きいことが指摘されています2)。
口から取り込んだ場合については、十分な発がん性の知見は得られていません5)。ラットにジクロロメタンを104週間、飲み水に混ぜて与えて発がん性と慢性毒性を調べる実験では、体重1kg当たり1日50 mg及び250 mgを与えた雌のラットのグループは、与えなかったグループに比べて肝細胞腫瘍の発生が多く認められましたが、投与した量の多さに応じて腫瘍の発生率は増加していなかったため、投与に原因しない偶発的なものと判断されました5)。この他、この実験では肝毒性が認められており、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり6 mgでした5)。国際がん研究機関(IARC)はジクロロメタンをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています。
上記のラットの実験結果から、TDI(耐容一日摂取量)は体重1 kg当たり1日0.006 mgと算出され、これに基づいて水道水質基準、水質環境基準や地下水環境基準が設定されています3)。その後、2008年に食品安全委員会はTDIを再評価しましたが、TDIは同じ実験結果に基づいて算出され、変更はありませんでした5)。
一方、大気環境基準の設定にあたっては、種による違いが大きいことから発がん実験の結果は用いられていません。高濃度のジクロロメタンを扱う作業環境などにおいて、吐き気、だるさ、めまい、しびれなどの神経系の症状が報告されており6)、神経系への影響に関する人のデータから、おそらく健康への悪影響がみられないと期待できる濃度は300 mg/m3程度と考えられ、これに基づいて大気環境基準が設定されています6)。
体内への吸収と排出 人がジクロロメタンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や飲み水によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、多くは変化せずに呼気とともに吐き出されます。しかし、肝臓に分布したジクロロメタンは、一部は代謝されて二酸化炭素となり、呼気とともに吐き出されますが、一部は一酸化炭素になりヘモグロビンなどと結合して、頭痛などをもたらすことが知られています2)。
影 響 大気中の継続測定地点におけるジクロロメタンの平均濃度は、1998年度は0.0046 mg/m3でしたが、2009年度には0.0017 mg/m3に下がっており、大気環境基準を超える濃度は検出されていません7)。工場・事業場の周辺環境で高い濃度を示す可能性がありますが、一般環境においては呼吸に伴う人の健康への影響は小さいと考えられます。
水道水からは水道水質基準を超える濃度は検出されていませんが、河川から環境基準を超える濃度が2010年度にはまれに検出されており8)、地下水からも過去には地下水環境基準を超えて検出されたことがあります9)。このような汚染された水を長期間飲用するような場合を除いて、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
なお、(独)産業技術総合研究所では、ジクロロメタンについて詳細リスク評価を行っています10)
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、魚類の成長阻害を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.83 mg/Lとしています4)。この環境リスク初期評価を行った時点では、河川や海域の水中濃度はこのPNECよりも十分に低いものでしたが、最近の測定では、河川からこのPNECに近い濃度が検出されています。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では魚類の死亡を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)。
性 状 |
無色透明の液体 水に溶けやすい 揮発性物質 |
生産量11)
(2010年) |
国内生産量:約48,000トン
輸 入 量:約3,000トン
輸 出 量:約7,600トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約16,000トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
88 |
大気 |
100 |
事業所(届出外) |
12 |
公共用水域 |
0 |
非対象業種 |
− |
土壌 |
0 |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約14,000トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
金属製品製造業 |
18 |
木材・木製品製造業 |
15 |
プラスチック製品製造業 |
14 |
化学工業 |
13 |
輸送用機械器具製造業 |
8 |
事業所(届出)における移動量:約7,800トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
60 |
プラスチック製品製造業 |
16 |
金属製品製造業 |
6 |
輸送用機械器具製造業 |
4 |
電気機械器具製造業 |
3 |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,変異原性,作業環境許容濃度,生態毒性(魚類) |
環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査:環境基準超過数0/406地点;平均濃度 0.0017 mg/m3 ,最大濃度0.015 mg/m3;[2009年度,環境省]7)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数;原水0/5217地点,浄水0/5359地点;[2009年度,日本水道協会]12) 13)
公共用水域
- 公共用水域水質測定:環境基準超過数2/3508地点,最大濃度0.24 mg/L;[2010年度,環境省]8)
地下水
- 地下水質測定:環境基準超過数;概況調査0/3349本,汚染井戸周辺地区調査0/98本,継続監視調査0/486本;[2009年度,環境省]9)
土壌
- 土壌汚染調査:環境基準超過数(1991〜2009年度累積)80事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]14)
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適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 大気環境基準:0.15 mg/m3以下(1年平均値)
- 大気汚染防止法:有害大気汚染物質(優先取組物質),揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 水道法:水道水質基準値 0.02 mg/L以下
- 水質環境基準(健康項目):0.02 mg/L以下
- 地下水環境基準:0.02 mg/L以下
- 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準0.2 mg/L以下
- 土壌環境基準: 0.02 mg/L以下
- 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準0.02 mg/L以下
- 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)0.2 mg/L
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Yと同程度に有害(環境大臣が指定)類
- 労働安全衛生法:管理濃度50 ppm(20℃換算で170 mg/m3)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献