リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート
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作成年: 2012年

ジクロロベンゼン

別   名 DCB
管理番号 181
PRTR政令番号 1-208(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
C A S 番 号 95-50-1(o-)、541-73-1(m-)、106-46-7(p-)、
構 造 式
[o-ジクロロベンゼン] [m-ジクロロベンゼン] [p-ジクロロベンゼン]
o-ジクロロベンゼン構造式 m-ジクロロベンゼン構造式 p-ジクロロベンゼン構造式
  • o-ジクロロベンゼンとm-ジクロロベンゼンは、主に農薬などの他の化学物質の原料として用いられています。p-ジクロロベンゼンは、衣類の防虫剤やトイレの防臭剤のほか、他の化学物質の原料にも使われています。
  • 2010年度のPRTRデータでは、環境中への排出量は約12,000トンでした。ほとんどが、家庭での防虫剤、防臭剤や殺虫剤の使用に伴って排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。

■用途

 ジクロロベンゼンは、塩素基(-Cl)の位置の違いによって、o-ジクロロベンゼン(1,2-ジクロロベンゼン)、m-ジクロロベンゼン(1,3-ジクロロベンゼン)、p-ジクロロベンゼン(1,4-ジクロロベンゼン)の3つの異性体があります。PRTR制度ではこれらをまとめてジクロロベンゼンを対象物質としています。
 o-ジクロロベンゼンは、常温で無色透明の重い液体で、揮発性物質です。主に、農薬の原料として使われたり、トリレンジイソシアネートの製造工程で溶剤として使われています。この他、畜・鶏舎の殺菌消毒剤、殺虫剤(うじ殺し)、染料・顔料や医薬品の原料、グリース(機械に利用される潤滑剤)の洗浄剤、反応溶媒、熱を伝える媒体などに使われています。家庭で用いられる殺虫剤にも、o-ジクロロベンゼンを含むものがあります。
 m-ジクロロベンゼンは、常温で無色透明の液体で、揮発性物質です。主に他の化学物質の原料として用いられ、農薬、染料や顔料、医薬品などの原料として使われています。
 p-ジクロロベンゼンは、常温で白色の固体です。空気中で、固体の状態から液体にならずに気化し、強い臭いを発します。p-ジクロロベンゼンの用途の半分は、衣類の防虫剤やトイレなどの防臭剤が占めています。この他、電気・電子部品、自動車部品、機械部品、医療部品に用いられる合成樹脂の原料や、農薬などの原料としても使われています。

■排出・移動

 2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約12,000トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが家庭での防虫剤、防臭剤や殺虫剤の使用に伴って排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。また、化学工業などの事業所から排出されたり、自治体や防疫業者が衛生害虫の駆除のために防疫用殺虫剤を使用する際にも排出されました。この他、化学工業や電気機械器具製造業などの事業所から廃棄物として約1,100トン、下水道へ約13トンが移動されました。

■環境中での動き

 環境中へ排出されたジクロロベンゼンは、大気中では化学反応によって分解され、o-ジクロロベンゼン19〜38日1)m-ジクロロベンゼン7.4〜74日2)p-ジクロロベンゼンは6時間〜0.5日で半分の濃度になると計算されています3)
 水中に入った場合は、一部は水中の粒子や水底の泥に吸着されると考えられますが、主に大気中へ揮発することによって失われると推定されます1) 3) 4)

■健康影響

毒 性 3つの異性体とも、変異原性の試験では、多くが陰性の結果を示していますが、動物の細胞を使った一部の試験で陽性を示したと報告されています1) 2) 3)。これに関して、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」は、o-ジクロロベンゼンの変異原性は明確に判断できないとし1)p-ジクロロベンゼンは変異原性をもつ可能性は低いと判断しています3)
 発がん性については、動物実験ではo-ジクロロベンゼンの投与に関連した腫瘍発生率の増加はみられていません1)m-ジクロロベンゼンに関しては、十分な知見が得られていません2)p-ジクロロベンゼンについては、きわめて高濃度のp-ジクロロベンゼンを口から与えた動物実験において腎細胞がんや肝細胞がんが報告されています3)国際がん研究機関(IARC)ではo-ジクロロベンゼンをグループ3(人に対する発がん性については分類できない)に、p-ジクロロベンゼンをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています。
 口から取り込んだ場合の影響については、マウスにo-ジクロロベンゼンを103週間、口から与えた実験では、腎尿細管の変化が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のo-ジクロロベンゼンのNOEL(無影響量)は、体重1 kg当たり1日43 mgでした5)。また、マウスとラットにo-ジクロロベンゼンを13週間、口から与えた実験では、マウスに脾臓の相対重量の減少が、ラットに血清コレステロールの増加などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のo-ジクロロベンゼンのLOAEL(最小毒性量)は、体重1 kg当たり1日21 mgでした1)
 m-ジクロロベンゼンについては、ラットに90日間、m-ジクロロベンゼンを口から与えた実験では、甲状腺濾胞内のコロイド密度の低下や、下垂体前葉細胞の空胞化が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のm-ジクロロベンゼンのLOAELは、体重1 kg当たり1日9 mgでした2)
 p-ジクロロベンゼンについては、イヌに口からp-ジクロロベンゼンを与えた実験における肝臓への毒性を根拠にして、TDI(耐容一日摂取量)が体重1 kg当たり1日0.0714 mgと算出され、これに基づいて水質要監視項目の指針値が設定されています6)
 吸入による影響については、ラットに100 mg/m3の濃度のo-ジクロロベンゼンを含む空気を4ヵ月間吸入させた実験では、肺炎と好酸球増多症が認められました1)m-ジクロロベンゼンに関しては、知見が得られていません2)p-ジクロロベンゼンは、シックハウス症候群との関連性が疑われていることから、厚生労働省ではp-ジクロロベンゼンの室内空気濃度の指針値を0.24 mg/m3 (0.04 ppm)と設定しています7)。これは、イヌの実験における肝臓や腎臓などへの影響を根拠にしています7)

体内への吸収と排出 人がジクロロベンゼンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や飲み水などによると考えられます。体内に取り込まれた場合は、代謝物に変化し、尿に含まれて排せつされます1) 2) 3)。ラットの実験によると、p-ジクロロベンゼンの場合、体内に取り込まれてから5日後までに91〜97%が尿に含まれて排せつされたと報告されています8)

影 響 食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、腎尿細管の変化が認められたマウスの実験結果に基づいて、o-ジクロロベンゼンの無毒性量等を体重1 kg当たり1日43 mgとしています5)。また、m-ジクロロベンゼンについては、甲状腺濾胞内のコロイド密度の低下などが認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.09 mgとしています2)。食物中濃度(検出下限値以下)と地下水の測定データに基づいて計算すると、o-ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼンとも、人が食物や飲み水などから取り込むと予測される量は、上記の無毒性量等よりも十分に低く、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
 p-ジクロロベンゼンについては、河川や地下水から水質要監視項目の指針値を超える濃度は検出されていません。なお、食品からp-ジクロロベンゼンが検出された事例が過去に発生しましたが、これは防虫剤の移り香である可能性が高いとされています9)。防虫剤の使用にあたっては、製品の使用上の注意を必ず読み、適切に使うことが求められます。
 呼吸によって取り込んだ場合については、環境リスク初期評価では、肺炎などが認められたラットの実験結果に基づいて、o-ジクロロベンゼンの無毒性量等を0.024 mg/m3とし1)m-ジクロロベンゼンについては無毒性量等を設定できていません2)。この環境リスク初期評価では、o-ジクロロベンゼンについては、大気中の最大濃度は無毒性量等を下まわってはいるものの、十分に低いとは言えないとして、情報収集に努める必要があると判断しています1)。また、m-ジクロロベンゼンについては、大気中での半減期などを考慮すると、知見の収集を行う必要性について検討が必要であるとしています2)
 p-ジクロロベンゼンについては、室内空気濃度に関する最近の測定結果はありませんが、1998年に行われた厚生省(現厚生労働省)調査では、調査対象家屋の室内の平均濃度は0.12 mg/m3、最高濃度は2.2 mg/m3でした10)。屋外大気の場合は、最近の測定における大気中の最大濃度は、室内空気濃度の指針値よりも十分に低いものでした。家庭でp-ジクロロベンゼンを成分とする衣類防虫剤やトイレ防臭剤などを使用する例は少なくありませんが、これらから室内空気中に放出されるp-ジクロロベンゼンは、使用状況や住居構造などによっては高い濃度に達することがあります。密閉性の低い収納容器で使う場合は、容器全体をカバーでおおうなど容器から防虫剤成分がもれ出ないような工夫をしたり、できるだけ換気を心がけることなどが大切です11)
 なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、o-ジクロロベンゼンを口から取り込んだ場合について、マウスとラットの実験におけるLOAELと地下水中濃度の実測値及び食物中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた) を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)。また、同評価書では、呼吸から取り込んだ場合のo-ジクロロベンゼンのNOAEL等は得られていませんが、上記の評価に呼吸からの取り込み量を加えて評価し、この場合も、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)

■生態影響

 環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの繁殖阻害を根拠として、水生生物に対するo-ジクロロベンゼンのPNEC(予測無影響濃度)を0.001 mg/L未満5)m-ジクロロベンゼンのPNECを0.01 mg/L未満2)p-ジクロロベンゼンのPNECを0.01 mg/Lとしています12)o-ジクロロベンゼンとm-ジクロロベンゼンについては、水生生物への影響は評価できていません5) 2)p-ジクロロベンゼンについては、これまで得られた河川や海域の水中濃度はこのPNECよりも十分に低いため、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。
 なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、o-ジクロロベンゼンについてはミジンコの繁殖阻害を指標として1)p-ジクロロベンゼンについては魚類の死亡を指標として3)、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、o-ジクロロベンゼン、p-ジクロロベンゼンとも、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)3)

性 状 o-ジクロロベンゼン;無色透明の液体 揮発性物質
m-ジクロロベンゼン;無色透明の液体 揮発性物質
p-ジクロロベンゼン;白色の固体 昇華性がある
生産量13)
(2010年)
国内生産量:
o-ジクロロベンゼン;12,000トン(生産能力)
m-ジクロロベンゼン;公表データなし
p-ジクロロベンゼン;36,000トン(生産能力)
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ)
環境排出量:約12,000トン 排出源の内訳[推計値](%) 排出先の内訳[推計値](%)
事業所(届出) 1 大気 100
事業所(届出外) 0 公共用水域 0
非対象業種 0 土壌 0
移動体 埋立
家庭 99 (届出以外の排出量も含む)
事業所(届出)における排出量:約97トン 業種別構成比(上位5業種、%)
化学工業 84
電気機械器具製造業 11
金属製品製造業 2
食料品製造業 2
ゴム製品製造業 1
事業所(届出)における移動量:約1,100トン 移動先の内訳(%)
廃棄物への移動 99 下水道への移動 1
業種別構成比(上位5業種、%)
化学工業 77
電気機械器具製造業 22
プラスチック製品製造業 0
自然科学研究所 0
輸送用機械器具製造業 0
PRTR対象
選定理由
o-ジクロロベンゼン;変異原性,生態毒性(甲殻類)
m-ジクロロベンゼン;変異原性,生態毒性(甲殻類)
p-ジクロロベンゼン;変異原性,発がん性,経口 慢性毒性,生態毒性(甲殻類)
環境データ

大気

  • 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):
    o-ジクロロベンゼン;測定地点数1地点,検体数12検体,最小濃度0.000018 mg/m3,最大濃度0.000087 mg/m3;[2009年度,環境省]14)
    p-ジクロロベンゼン;測定地点数4地点,検体数24検体,最小濃度0.0002 mg/m3,最大濃度0.0075 mg/m3;[2009年度,環境省]14)
  • 化学物質環境実態調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数38/84検体,最大濃度0.0022 mg/m3;[2002年度,環境省] 15)
    m-ジクロロベンゼン;検出数9/33検体,最大濃度0.00037 mg/m3 ;[1999年度,環境省]15)
    p-ジクロロベンゼン;検出数36/43検体,最大濃度0.017 mg/m3 ;[1999年度,環境省]15)

公共用水域

  • 公共用水域水質測定(要監視項目):
    p-ジクロロベンゼン;指針値超過数0/932地点(報告下限値0.02 mg/L);[2010年度,環境省]16)
  • 要調査項目存在状況調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数4/76地点,最大濃度0.0011 mg/L;[2000年度,環境省]17)
    p-ジクロロベンゼン;検出数3/101地点,最大濃度0.0029 mg/L;[2005年度,環境省]18)
  • 化学物質環境実態調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数0/24検体(検出下限値0.000007 mg/L);[2005年度,環境省] 15)
    m-ジクロロベンゼン;検出数2/18地点,最大濃度0.000013 mg/L);[1998年度,環境省] 15)
    p-ジクロロベンゼン;検出数7/24検体,最大濃度0.000055 mg/L;[2005年度,環境省] 15)

地下水

  • 公共用水域水質測定(要監視項目):
    p-ジクロロベンゼン;指針値超過数0/304地点(報告下限値0.02 mg/L);[2009年度,環境省]19)
  • 要調査項目存在状況調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数1/15地点,最大濃度0.00002 mg/L;[2000年度,環境省] 17)
    p-ジクロロベンゼン;検出数0/3地点(定量下限値0.0006 mg/L);[2005年度,環境省]18)

底質

  • 要調査項目存在状況調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数0/24地点(検出下限値0.001 mg/kg);[2002年度,環境省] 20)
  • 化学物質環境実態調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数172/186検体,最大濃度0.038 mg/kg;[2002年度,環境省] 15)
    m-ジクロロベンゼン;検出数2/18地点,最大濃度0.010 mg/kg;[1998年度,環境省] 15)
    p-ジクロロベンゼン;検出数16/20地点,最大濃度0.18 mg/kg;[2001年度,環境省] 15)

生物(貝)

  • 化学物質環境実態調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数0/30検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
    m-ジクロロベンゼン;検出数0/30検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
    p-ジクロロベンゼン;検出数0/30検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)

生物(魚)

  • 化学物質環境実態調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数0/70検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
    m-ジクロロベンゼン;検出数0/70検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
    p-ジクロロベンゼン;検出数0/70検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)

生物(鳥)

  • 化学物質環境実態調査:
    o-ジクロロベンゼン;検出数0/10検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
    m-ジクロロベンゼン;検出数0/10検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
    p-ジクロロベンゼン;検出数0/10検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1999年度,環境省] 15)
適用法令等
  • 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質o-ジクロロベンゼン, p-ジクロロベンゼン)
  • 大気汚染防止法:揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
  • 室内空気汚染に係るガイドライン:室内空気濃度指針値 0.24 mg/m3(0.04 ppm)(p-ジクロロベンゼン)
  • 水質要監視項目指針値: 0.2 mg/L以下(p-ジクロロベンゼン)
  • 食品衛生法:残留農薬基準 牛・豚以外の陸せい哺乳類の動物0.01 ppm(o-ジクロロベンゼン)
  • 海洋汚染防止法:有害液体物質X類
  • 労働安全衛生法:管理濃度 25 ppm (20℃換算で150 mg/m3) (o-ジクロロベンゼン)
  • 日本産業衛生学会勧告:作業環境許容濃度 60 mg/m3 (10 ppm ) (p-ジクロロベンゼン)

注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。

■引用・参考文献

■用途に関する参考文献