リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート
この文書を印刷される場合はこちら(PDF)
作成年: 2012年

無機シアン化合物

主な物質:シアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム、シアン化カルシウム、塩化シアン

管理番号:144

シアン化水素
PRTR政令番号:1-164(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:74-90-8 組成式:シアン化水素組成式

シアン化カリウム
PRTR政令番号:1-164(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:151-50-8 組成式:シアン化カリウム組成式

シアン化ナトリウム
PRTR政令番号:1-164(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:143-33-9 組成式:シアン化ナトリウム組成式

シアン化カルシウム
PRTR政令番号:1-164(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:592-01-8 組成式:シアン化カルシウム組成式

塩化シアン
PRTR政令番号:1-164(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
CAS番号:506-77-4 組成式:塩化シアン組成式

  • 無機シアン化合物は、シアノ基を含む無機化合物で、代表的なものにはシアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム、シアン化カルシウム、塩化シアンなどがあります。
  • 化合物によって用途は異なりますが、他の化学物質の原料、触媒、メッキなど工業分野で使われています。シアン化水素はたばこの煙にも含まれています。
  • 2010年度のPRTRデータでは、環境中への排出量は約230トンでした。主に事業所から排出されたもので、主に大気中へ排出されたほか、河川や海などへも排出されました。また、たばこの煙に含まれて家庭をはじめとする喫煙場所からも排出されました。

■用途

 無機シアン化合物は、シアノ基(-CN)を含む無機化合物で、代表的なものにはシアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム、シアン化カルシウム、塩化シアンなどがあります。
 シアン化水素は、別名青酸と呼ばれています。常温で無色透明の液体または気体で、水に溶けやすい物質です。ゴム、樹脂や繊維の原料となるアクリロニトリルや、乳酸などの有機化合物や殺鼠剤の原料に使われるほか、農薬の原料などに使われています。また、鉱石に含まれている金属を取り出すためにも使われています。なお、シアン化水素は、たばこの煙にも含まれています。
 シアン化カリウムは、別名青酸カリと呼ばれています。常温で無色透明または白色の固体で、水に溶けやすい物質です。シアン化カリウムは、分析の際に障害となる金属イオンの除去などに使われたり、触媒、農薬や医薬品の原料としても使われています。
 シアン化ナトリウムは、別名青酸ソーダと呼ばれています。常温で白色の固体で、水に溶けやすい物質です。酸と反応するとシアン化水素ガスを発生します。主に飼料添加剤の原料に使われています。また、メッキに使われたり、金の精錬や非鉄金属から銅や銀などを抽出する際に使われるほか、顔料の原料として使われています。
 シアン化カルシウムは、常温で特徴的な臭いのある無色透明または白色の固体です。農薬の原料として使われています。
 塩化シアンは、常温で無色透明の気体または液体です。シアンイオンを塩素処理すると生成されたり、アンモニウムイオンと塩素との反応によっても生成され、塩素消毒などの副生成物のひとつです。
 なお、ライマ豆、アーモンド、杏仁、梅などには、シアン配糖体(シアンが糖分と結合した物質)が含まれており、加水分解や酵素反応によってシアン化水素を発生することが知られています。

■排出・移動

 2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約230トンが環境中へ排出されたと見積もられています。主に化学工業、窯業・土石製品製造業や下水道業などの事業所から排出されたもので、主に大気中へ排出されたほか、河川や海などへも排出されました。また、たばこの煙に含まれて家庭をはじめとする喫煙場所からも室内空気中や大気中へ排出されました。この他、金属製品製造業などの事業所から廃棄物として約160トン、下水道へ約1.1トンが移動されました。

■環境中での動き

 大気中へ排出された無機シアン化合物は、主にシアン化水素として存在しますが、シアン化水素の分解速度は比較的遅く、化学反応によって半分の濃度になるのに、0.8〜1.5年かかるとされています1)。シアン化ナトリウムやシアン化カリウムなどの無機シアン化合物が粒子状の状態で大気中に存在した場合は、降雨・降雪や重力によって地表に降下するとされています1)。また水中では、シアン化水素の場合、酸素が十分で、シアン化水素でならして分解しやすいようにした活性汚泥(汚水を浄化する働きをもつ微生物のかたまり)では容易に分解され、二酸化炭素とアンモニアを生じるとされています1)

■健康影響

毒 性 無機シアン化合物は、非常に強い毒性をもっています。これはシアン化合物が呼吸酵素の中の鉄と結合することによって、組織呼吸(内呼吸とも言われ、血液で運ばれた酸素が各組織に取り込まれ、そこで生じた二酸化炭素を取り去る過程)を抑制するためです1)。高濃度のシアン化合物を取り込んだ場合は短時間で死に至ります1)。また、低濃度のシアン化合物を取り込み続けると、頭痛、めまいなどを起こすとの報告があります1)
 ラットに高濃度のシアン化ナトリウムを13週間、飲み水に混ぜて与えた実験では、精巣重量などの減少が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、シアンに換算して体重1 kg当たり1日4.5 mgでした1)。この実験結果から、TDI(耐容一日摂取量)は、シアンに換算して体重1 kg当たり1日0.0045 mgと算出され、これに基づいて、シアン化物イオン及び塩化シアンの水道水質基準は0.01 mg/L以下と設定されています2)。2007年に、食品安全委員会はシアンのTDIを再評価しました。再評価の結果、上記の実験に基づいて同じ値のTDIが算出されました3)
 また、シアン化カリウムを飲み込んだ場合の致死量は、人の事故事例や動物実験によってほぼ150〜300 mgとされています4)。この致死量に基づいて安全率を見込んだ許容限度を2 mg/Lと算出して、これにさらに安全率を見込んで、水質環境基準は全シアンとして検出されないこと(定量限界0.1 mg/L)と設定されています4)
 この他、ラットにジシアンを含む空気を6ヵ月間吸入させた実験では、体重減少が認められ、この実験結果から求められる呼吸によって取り込んだ場合のNOAELは、シアンに換算して24 mg/m3でした1)

体内への吸収と排出 人が無機シアン化合物を体内に取り込む可能性があるのは、飲み水や食物によると考えられます。また、シアン化水素が気体になった場合は、呼吸や皮膚からも取り込まれる可能性があります1)。致死量以下のシアン化物が体内に取り込まれた場合は、急速に体内で分解され、尿に含まれて排出されます1)

影 響 水道浄水からは水道水質基準を超える濃度は検出されていませんが、水道水の原水においては、過去に水道水質基準を超える濃度の全シアンがまれに検出されています。このような汚染された水を長期間飲用するような場合を除いて、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。また、河川や地下水からは定量限界0.1 mg/Lを超える濃度の全シアンは検出されていません。
 また、呼吸によって取り込んだ場合については、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、体重減少が認められたラットの実験におけるNOAELと大気中濃度の推計値を用いて評価し、この場合も、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)
 なお、食品衛生法では、シアン化合物を天然に含有しているライマ豆などの使用を、生あんの製造のみに限定しています5)

■生態影響

 シアン化合物は、水生生物に対し急性毒性が強い物質とされ1)、魚類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、現在のところ、わが国では水生生物に対する信頼できるPNEC(予測無影響濃度)は算定されていません。
 なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、藻類の生長阻害を指標として、河川水中濃度の推計値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことが示唆されるとして、無機シアン化合物を詳細な調査や評価などを行う必要がある候補物質であるとしています1)

性 状 シアン化水素:無色透明の液体または気体 水に溶けやすい
シアン化カリウム:無色透明または白色の固体 水に溶けやすい
シアン化ナトリウム:白色の固体 水に溶けやすい
シアン化カルシウム:無色透明または白色の固体
塩化シアン:無色透明の気体または液体
生産量6)
(2010年)
国内生産量:約38トン(シアン化水素)
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ)
環境排出量:約230トン 排出源の内訳[推計値](%) 排出先の内訳[推計値](%)
事業所(届出) 84 大気 86
事業所(届出外) 5 公共用水域 14
非対象業種 土壌 0
移動体 埋立
家庭 12 (届出以外の排出量も含む)
事業所(届出)における排出量:約190トン 業種別構成比(上位5業種、%)
化学工業 46
窯業・土石製品製造業 33
下水道業 15
プラスチック製品製造業 2
金属製品製造業 1
事業所(届出)における移動量:約160トン 移動先の内訳(%)
廃棄物への移動 99 下水道への移動 1
業種別構成比(上位5業種、%)
金属製品製造業 65
電気機械器具製造業 12
輸送用機械器具製造業 6
窯業・土石製品製造業 5
非鉄金属製造業 4
PRTR対象
選定理由
経口慢性毒性(全シアン),作業環境許容濃度(シアン化水素),生態毒性(シアン化水素:魚類,シアン化カリウム:魚類,シアン化ナトリウム:魚類)
環境データ

水道水

  • 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数(シアン化物イオン及び塩化シアンとして測定);原水0/5217地点、浄水0/5805地点;[2009年度,日本水道協会] 7) 8)

公共用水域

  • 公共用水域水質測定:環境基準超過数(全シアンとして)0/3914地点;[2010年度,環境省] 9)
  • 要調査項目存在状況調査(全シアンとして):検出数4/57地点,最大濃度0.002 mg/L;[2008年度,環境省] 10)

地下水

  • 地下水質測定:環境基準超過数(全シアンとして);概況調査0/2904本,汚染井戸周辺地区調査0/21本,継続監視調査0/101本;[2009年度,環境省] 11)
適用法令等
  • 大気汚染防止法:特定物質(シアン化水素)
  • 水道法:水道水質基準値0.01 mg/L(シアン化物イオン及び塩化シアンとして設定)
  • 水質環境基準(健康項目):検出されないこと(定量限界0.1 mg/L) (全シアンとして設定)
  • 地下水環境基準:検出されないこと(定量限界0.1 mg/L) (全シアンとして設定)
  • 水質汚濁防止法:有害物質,排出基準1 mg/L以下(シアン化合物)
  • 土壌汚染対策法:土壌溶出量基準 検出されないこと,土壌含有基準50 mg/kg以下(遊離シアンとして設定)
  • 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物、金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥):1 mg/L以下(シアン化合物)
  • 労働安全衛生法:
     シアン化カリウム  管理濃度 シアンとして3 mg/m3
     シアン化ナトリウム 管理濃度 シアンとして3 mg/m3
     シアン化水素    管理濃度 3 ppm
  • 食品衛生法:残留農薬基準(シアン化水素として)例えば,米(玄米)20 ppm,ばれいしょ1 ppm

注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
※本物質の生産量は2010年農薬年度(2009年10月〜2010年9月)のものです。

■引用・参考文献

■用途に関する参考文献