リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート
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作成年: 2012年

クロロホルム

別   名 トリクロロメタン
管理番号 127
PRTR政令番号 1-151(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
C A S 番 号 67-66-3
構 造 式 クロロホルム構造式
  • クロロホルムは、ほとんどが代替フロンやフッ素樹脂の原料として使われています。また、クロロホルムは、浄水場での塩素処理などで生じるトリハロメタン類のひとつです。
  • 2010年度のPRTRデータでは、環境中への排出量は約540トンでした。主に事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されたほか、河川や海などへも排出されました。

■用途

 クロロホルムは、塩素を含む有機化合物で、常温で揮発性がある無色透明の液体で、揮発性物質です。特有の臭いがあり、蒸気は甘味を感じさせます。麻酔作用があることで知られ、以前は外科手術の際に吸入麻酔薬として使用されてきましたが、肝臓障害などの副作用がみられ、日本では1950年代以降は吸入麻酔薬としては使われていません。
 クロロホルムは、さまざまな有機化合物を溶かす性質があるため、一部で試薬として使われたり、農薬や医薬品の抽出溶剤などに用いられますが、ほとんどが代替フロンやフッ素樹脂の原料として使われています。
 また、クロロホルムは意図せずにも生成されます。たとえば、水道水中のトリハロメタン類はその一例です。トリハロメタン類は、メタン(CH4)の4つの水素原子のうち3個が塩素や臭素などで置き換わった化合物の総称で、クロロホルム(CHCl3)は3つの水素原子が塩素で置き換わった物質です。トリハロメタン類は、水中の有機物質が浄水処理過程で消毒のために加えられる塩素剤と反応して生じます。この他、紙の原料であるクラフトパルプや古紙の漂白過程でも、木材に含まれるリグニンなどが漂白剤に使われる次亜塩素酸ナトリウムなどに反応して、クロロホルムが副生されます。なお、トリハロメタン類は水から揮散しやすい性質があり、5〜15分煮沸すると除去することができます。

■排出・移動

 2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約540トンが環境中へ排出されたと見積もられています。主に化学工業やパルプ・紙・紙加工品製造業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されたほか、河川や海などへも排出されました。なお、業界の自主的な取り組みによって、パルプの漂白過程において副生されるクロロホルムの発生量は減少しています1)。家庭からも排出されましたが、これは水道水によるものです。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約2,200トン、下水道へ約2.7トンが移動されました。
 クロロホルムは、大気汚染防止法で有害大気汚染物質優先取組物質に指定され、事業者による自主的な排出削減が進められてきました。この自主管理に参加している事業者から大気中へ排出されたクロロホルムの量は、1999年度は1995年度に比べて31%削減され、2003年度には1999年度に比べて44%削減されています2)

■環境中での動き

 環境中へ排出されたクロロホルムは、大気中では化学反応によって分解されますが、半分の濃度になるには、およそ3〜5ヵ月かかると計算されています 3)。常温で日光に長時間さらされたり、暗所でも空気が存在すると徐々に分解し、有毒なホスゲンを生じます4)。水中に入った場合は、微生物分解はされにくく、主に大気中へ揮発することによって失われると考えられます5)

■健康影響

毒 性 クロロホルムは、多くの変異原性の試験において陰性を示しており、遺伝子に障害を与えないか、与えても弱いものと考えられています4)。2009年に食品安全委員会が行った評価では、クロロホルムには変異原性はないとされています5)。発がん性に関しては、ラットにクロロホルムを2年間、空気中から吸入させた実験では、腎がんが認められ、この実験結果から求められる呼吸によって取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は25 mg/m3でした4)。人への発がん性については証拠が不十分であり、国際がん研究機関(IARC)はクロロホルムをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています4)
 この他、マウスにクロロホルムを含む空気を2年間吸入させた実験では、鼻腔の骨の肥厚や嗅上皮(きゅうじょうひ)(鼻の奥にある臭いを感知する粘膜)の萎縮などが認められ、この実験結果から求められる呼吸によって取り込んだ場合のLOAEL(最小毒性量)は、25 mg/m3でした4)
 上記のラットとマウスの実験結果に基づいて有害大気汚染物質指針値が設定されています4)
 また、イヌにクロロホルムを7.5年間、口から与えた実験では、ALT(GPT)の上昇、脂肪性のう胞の増加などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のLOAELは、体重1 kg当たり1日12.9 mgでした3)5)6)。この実験結果から、TDI(耐容一日摂取量)は体重1 kg当たり1日0.0129 mgと算出され、これに基づいて水道水質基準水質要監視項目の指針値が設定されています7)8)。2009年の食品安全委員会の再評価においても、同じ実験結果にもとづいて、同じ値のTDIが算出されています5)
 なお、トリハロメタン類を含む飲み水による発がん性の有無については、現在まで疫学的な調査が数多く行われており、その中に結腸、直腸、膀胱のがんとの関連性を示唆する調査結果がありますが、調査の信頼性、他の有害な生成物との関連性、飲料水以外の重要な要素の確認、クロロホルム濃度が確認できないなどの理由から、クロロホルムと人への発がん性との関連性は確認されていません6)

体内への吸収と排出 人がクロロホルムを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸、飲み水や食物によると考えられます4)。大気中のクロロホルムのほか、塩素消毒をした水を用いてシャワーを浴びたり、プールで泳ぐことでも、呼吸を通じて体内に取り込まれる可能性があります。体内に取り込まれた場合は、主に肝臓や腎臓で代謝物に変化し、二酸化炭素となって呼気とともに吐き出されますが、代謝物の一部は肝臓のタンパク質と反応します6)。これが、肝臓への毒性をもたらすと考えられています6)

影 響 環境省の調査では、大気中から有害大気汚染物質の指針値を超える濃度のクロロホルムは検出されていませんが、水道浄水を利用する際にクロロホルムが室内空気中に揮発することから、家庭の室内空気では屋外大気に比べて高い濃度のクロロホルムが検出されています。
 また、水道浄水や河川などからも水道水質基準や水質要監視項目の指針値を超える濃度は検出されていません。
 なお、(独)産業技術総合研究所では、クロロホルムについて詳細リスク評価を行っています9)

■生態影響

 クロロホルムの水中濃度は、水生生物保全の観点から定めた要監視項目指針値よりもおおむね低いレベルにあります10)
 なお、(独)産業技術総合研究所では、クロロホルムについて詳細リスク評価を行っています9)

性 状 無色透明の液体  揮発性物質
生産量11)
(2010年)
国内生産量:約42,000トン(推定)
輸 入 量:約2,500トン
輸 出 量:約6,100トン
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ)
環境排出量:約540トン 排出源の内訳[推計値](%) 排出先の内訳[推計値](%)
事業所(届出) 82 大気 90
事業所(届出外) 6 公共用水域 10
非対象業種 3 土壌
移動体 埋立
家庭 10 (届出以外の排出量も含む)
事業所(届出)における排出量:約440トン 業種別構成比(上位5業種、%)
化学工業 55
パルプ・紙・紙加工品製造業 26
高等教育機関 5
倉庫業 4
一般機械器具製造業 4
事業所(届出)における移動量:約2,200トン 移動先の内訳(%)
廃棄物への移動 100 下水道への移動 0
業種別構成比(上位5業種、%)
化学工業 77
高等教育機関 8
飲料・たばこ・飼料製造業 8
自然科学研究所 6
精密機械器具製造業 1
PRTR対象
選定理由
発がん性,変異原性,経口慢性毒性生態毒性(魚類)
環境データ

大気

  • 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般大気環境):指針値超過数0/219地点,平均濃度0.00019 mg/m3,最大濃度0.0035 mg/m3;[2009年度,環境省]12)
  • 化学物質環境実態調査;検出数118/119検体,最大濃度0.0065 mg/m3;[2001年度,環境省] 13)

室内空気

  • 化学物質環境実態調査;検出数62/63検体,最大濃度0.012 mg/m3;[2001年度,環境省] 13)

水道水

  • 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数;原水0/455地点,浄水0/5804地点;[2009年度,日本水道協会] 14)15)

公共用水域

  • 公共用水域水質測定(要監視項目):指針値超過数0/1295地点(報告下限値0.006 mg/L);[2010年度,環境省] 16)
  • 要調査項目存在状況調査:検出数16/101地点,最大濃度0.0041 mg/L;[2005年度,環境省] 17)

地下水

  • 地下水質測定(要監視項目):指針値超過数0/568地点(報告下限値0.006 mg/L);[2009年度,環境省]18)
  • 要調査項目存在状況調査:検出数2/7地点,最大濃度0.0003 mg/L;[2005年度,環境省] 17)

食事

  • 化学物質環境実態調査:検出数55/63検体,最大濃度0.016 mg/kg;[2001年度,環境省] 13)
適用法令等
  • 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
  • 大気汚染防止法:有害大気汚染物質(優先取組物質),揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
  • 有害大気汚染物質指針値:0.018 mg/m3以下(1年平均値)
  • 水道法:水道水質基準値0.06 mg/L以下
  • 水質要監視項目指針値: 0.06 mg/L以下
  • 水生生物の保全に係る要監視項目指針値:
     河川及び湖沼(生物A;イワナ・サケマス域)0.7 mg/L
     河川及び湖沼(生物特A;イワナ・サケマス特別域)0.006 mg/L
     河川及び湖沼(生物B;コイ・フナ域)3 mg/L
     河川及び湖沼(生物特B;コイ・フナ特別域)3 mg/L
     海域(生物A;一般海域)0.8 mg/L
     海域(生物特A;特別域)0.8 mg/L
  • 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
  • 労働安全衛生法:管理濃度3 ppm

注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。

■引用・参考文献

■用途に関する参考文献