■用途
エチルベンゼンは、常温では無色透明な液体で、揮発性物質です。一般にはエチレンとベンゼンを原料として製造されますが、キシレンから分離してとりだす方法でも製造されています。ほとんどがスチレンの原料として使われているほか、油性塗料、接着剤、インキなどの溶剤として広く使用されています。また、混合キシレンの中の一成分としてエチルベンゼンが含まれています。
なお、トルエンやキシレンほど量は多くはありませんが、ガソリンや灯油にも含まれています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約32,000トンが環境中へ排出されたと見積もられています。塗料などを使う工場などの事業所のほか、自動車やオートバイなどの排気ガスに含まれて排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。また、家庭からも塗料の使用に伴って排出されました。この他、化学工業や輸送用機械器具製造業などの事業所から廃棄物として約3,300トン、下水道へ約3.7トンが移動されました。
■環境中での動き
大気中へ排出されたエチルベンゼンは、化学反応によって分解され、1〜2日で半分の濃度になると計算されています1)。水中に入った場合は、微生物分解されたり、大気中への揮発によって失われると考えられます1)。土壌の深い層や地下水に侵入すると、容易には揮発しません。
■健康影響
毒 性 エチルベンゼンはシックハウス症候群との関連性が疑われていることから、厚生労働省ではエチルベンゼンの室内空気濃度の指針値を3.8 mg/m3(0.88 ppm)と定めています2)。これは、マウス及びラットの肝臓及び腎臓重量の増加に対するNOEL(無影響量)を根拠としています2)。
発がん性に関して、きわめて高濃度のエチルベンゼンを含む空気を吸入させた2年間の動物実験では、マウスでは雄の肺と雌の肝臓に、ラットでは雌雄の腎臓に腫瘍を生じたと報告されています1)。国際がん研究機関(IARC)はエチルベンゼンをグループ2B (人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています1)。
この他、雌のラットにエチルベンゼンを6ヵ月間、口から与えた実験では、肝臓及び腎臓重量の増加、肝細胞などの腫れが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合NOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日136 mgでした1)。これは週5日の投与頻度であったため、1日摂取量を推定すると体重1 kg当たり97 mgと換算されます1)。
体内への吸収と排出 人がエチルベンゼンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や飲み水によると考えられます。体内に取り込まれた場合は代謝物に変化し、尿や便に含まれて排せつされ、50 時間前後には大部分が排せつされると推測されています1)。
影 響 国土交通省による新築1年以内の住宅を対象とした実態調査によると、2005年度には室内空気濃度の指針値を超えた住宅はありませんでした4)。また、これまでの測定では大気中からもエチルベンゼンは検出されていますが、その濃度は室内空気濃度の指針値より十分低いものでした。
なお、飲み水や食物を通じて口からエチルベンゼンを取り込んだ場合について、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、肝臓及び腎臓重量の増加などが認められたラットの実験におけるNOAELと地下水中濃度の実測値及び魚体内濃度の推計値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの死亡を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.026 mg/Lとしています3)。これまで得られた河川や海域の水中濃度はこのPNECよりも十分に低いため、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。なお、エチルベンゼンは魚類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、上記のPNECは魚類の有害性から導くPNECより低い値です。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、甲殻類の繁殖を指標として、河川水中濃度の推計値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。
性 状 |
無色透明の液体 揮発性物質 |
生産量5)
(2010年) |
国内生産量:公表データなし 輸 出 量:約110トン |
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ) |
環境排出量:約32,000トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
46 |
大気 |
99 |
事業所(届出外) |
14 |
公共用水域 |
1 |
非対象業種 |
24 |
土壌 |
0 |
移動体 |
15 |
埋立 |
− |
家庭 |
2 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約14,000トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
輸送用機械器具製造業 |
58 |
金属製品製造業 |
10 |
一般機械器具製造業 |
10 |
プラスチック製品製造業 |
4 |
電気機械器具製造業 |
4 |
事業所(届出)における移動量:約3,300トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
55 |
輸送用機械器具製造業 |
14 |
金属製品製造業 |
8 |
一般機械器具製造業 |
5 |
プラスチック製品製造業 |
5 |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,生態毒性(魚類) |
環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):測定地点数21地点,検体数228検体,最小濃度0.00011 mg/m3,0.0097 mg/m3;[2009年度,環境省]6)
- 化学物質環境実態調査:検出数45/45検体,最大濃度0.01 mg/m3;[1999年度,環境省]7)
室内空気
- 室内空気中の化学物質濃度の実態調査:指針値超過数;0/1181件;[ 2005年度,国土交通省]4)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数3/101地点,最大濃度0.0004 mg/L;[2005年度,環境省]8)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/4地点(検出下限値0.00003 mg/L),検出数0/3地点(定量下限値0.0001 mg/L);[1999年度,環境省]8)
底質
- 要調査項目存在状況調査:検出数3/24地点,最大濃度0.002 mg/kg;[2002年度,環境省]9)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数43/138検体,最大濃度0.0098 mg/kg;[1986年度,環境省]7)
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適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 大気汚染防止法:揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 室内空気汚染に係るガイドライン:室内空気濃度指針値3.8 mg/m3(0.88 ppm)
- 住宅の品質確保の促進等に関する法律:住宅性能表示制度における室内空気中濃度の特定測定物質
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
- 日本産業衛生学会勧告:作業環境許容濃度 217 mg/m3 (50 ppm)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献