■用途
4,4´-イソプロピリデンジフェノール(以下「ビスフェノールA」と表記します)は、常温で白色の固体です。ビスフェノールAは、ほとんどがポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂などの合成樹脂の原料として使われています。
ポリカーボネート樹脂は、CDや光ファイバーなど光学関連、家電製品、カメラ、携帯電話、OA機器、医療機器、自動車などの工業分野、ゴーグルなどのスポーツ用品、ほ乳びんや食器などの日用品分野、アーケードの屋根や窓といった建材分野などで幅広く用いられています。エポキシ樹脂は、塗料、電機・電子部品、土木建築、接着剤、ゴルフクラブやテニスラケットなどのスポーツ用品の複合材料など、さまざまな用途で使われています。
ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂を用いた製品から、ビスフェノールAが溶出する可能性がありますので、食品に直接触れるポリカーボネート食器・容器には、食品衛生法に基づいた規格基準が定められています。さらに、ポリカーボネート樹脂を製造する事業者は、同法律による材質基準値の1/2を自主基準値として定めています。エポキシ樹脂を内側にコーティングした食品や飲料用の缶についても、PETフィルムを貼り付ける方法に変えたり、ビスフェノールAの溶出量が低いエポキシ樹脂を使用するといった改良が進められています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約35トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが電気機械器具製造業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約190トン、下水道へ0.67トンが移動されました。また、埋立処分地の浸出水からビスフェノールAが検出されることがあります。
■環境中での動き
環境中へ排出されたビスフェノールAは、大気中では化学反応によって分解され、2〜5時間で半分の濃度になると計算されています1)。また、大気中に長時間とどまらずに、地表に降下すると考えられます1)。化審法の分解度試験では微生物分解はされにくいとされていますが、ビスフェノールA製造工場付近の河川水を用いた試験では4日間で90%以上が分解されたとの報告があります1)。環境水中に排出された場合は、条件がそろえば微生物分解されると推定されます。また、土壌粒子などに吸着したものは水底に沈むと考えられます1)。
■健康影響
毒 性 ラットにビスフェノールAを11〜19週間、餌に混ぜて与えた実験では、体重増加の抑制や肝臓・腎臓重量の減少が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日5 mgでした1)2)。また、体重1 kg当たり1日500 mg以上のビスフェノールAを与えたグループでは、生まれた子の数が少ないなどの異常が認められました1)2)3)。
また、ラットに50 mg/m3の濃度のビスフェノールAを含む空気を13週間吸入させた実験では、鼻腔上皮の過形成(ある器官を構成する組織の細胞の数が通常より多くなること)及び炎症が認められ、この実験結果から求められる呼吸によって取り込んだ場合のNOAELは10 mg/m3と考えられています1)2)。
なお、ビスフェノールAの内分泌かく乱作用について、雌のラットに妊娠から授乳終了までの間、ビスフェノールAを与えて、母親と生まれた子にどのような変化が起きるかを観察する1世代試験では、明らかな内分泌かく乱作用は認められませんでした3)。また、人における先天異常とビスフェノールAの取り込みとの関連の有無についても因果関係があるとの結論は得られていません4)。
体内への吸収と排出 人がビスフェノールAを体内に取り込む可能性があるのは、食物や飲み水、呼吸によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、ボランティアの人による試験では、代謝物に変化し、24時間以内に約80〜97%が尿に含まれて排せつされ5)、24〜36時間後には全量が尿に含まれて排せつされたと報告されています2)。体内でビスフェノールAが半分の濃度になる時間は、血中で5.3時間、尿中で5.4時間と計算されています2)5)。
影 響 食物や飲み水を通じて口からビスフェノールAを取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、体重増加の抑制などが認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.5 mgとしています2)。ビスフェノールAの食物中濃度や水中濃度の測定結果から計算すると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.00009 mg未満と予測されます2)。これは、上記の無毒性量等よりも十分に低く、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
呼吸によって取り込んだ場合について、この環境リスク初期評価では、鼻腔上皮の過形成などが認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を0.18 mg/m3としています2)。大気中の最大濃度は0.000002 mg/m3であり、この無毒性量等よりも十分に低く、呼吸に伴う人の健康への影響も小さいと考えられます。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」でも、口から取り込んだ場合について、環境省と同じラットの実験におけるNOAELと水道水中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)及び食物中濃度の実測値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。また、呼吸からこの物質の取り込みはないとしています1)。
この他、(独)産業技術総合研究所では、ビスフェノールAについて詳細リスク評価を行っています5)。
また、食品安全委員会(器具・容器包装専門調査会)では、低用量のビスフェノールAを取り込む場合の健康影響についてリスク評価を進めています6)7)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの死亡を根拠として水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.011 mg/Lとしています2)。これまでにこのPNECを超える濃度が河川から検出されたことがあり、また海域での濃度もこのPNECより十分低いとは言えないため、環境省ではビスフェノールAを詳細な評価を行う候補としています2)。なお、ビスフェノールAは魚類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、上記のPNECは魚類の有害性から導くPNECより低い値2)で、より安全側に立った評価値として設定されています。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、魚類の第2世代ふ化率低下を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。この他、(独)産業技術総合研究所では、ビスフェノールAについて詳細リスク評価を行っています5)。
ビスフェノールAは、メダカに対して弱い内分泌かく乱作用があることが推察されていますが1)3)、魚類の個体群や、さらには群集にどのように影響するかは現時点では明確になっていません1)。
性 状 |
白色の固体 |
生産量8)
(2010年) |
国内生産量:約520,000トン
輸 入 量:約65,000トン(ビスフェノールAおよびその塩)
輸 出 量:約170,000トン(ビスフェノールAおよびその塩) |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約35トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
53 |
大気 |
98 |
事業所(届出外) |
47 |
公共用水域 |
2 |
非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約19トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
電気機械器具製造業 |
88 |
輸送用機械器具製造業 |
7 |
化学工業 |
2 |
窯業・土石製品製造業 |
2 |
金属製品製造業 |
0 |
事業所(届出)における移動量:約190トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
48 |
輸送用機械器具製造業 |
25 |
非鉄金属製造業 |
11 |
電気機械器具製造業 |
9 |
金属製品製造業 |
2 |
PRTR対象 選定理由 |
生殖・発生毒性,生態毒性(魚類) |
環境データ |
大気
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数12/20地点, 最大濃度0.000002 mg/m3; [2004年度,環境省]9)
水道水
- 厚生科学研究:検出数,原水11/25検体,最大濃度0.00016 mg/L,浄水2/26検体,最大濃度0.00011 mg/L;[1998年度,厚生労働省]10)
公共用水域
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数46/65地点,最大濃度0.00038 mg/L;[2004年度,環境省]11)
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数52/75地点,最大濃度0.0004 mg/L;[2003年度,環境省]12)・化学物質環境実態調査:検出数26/30検体,最大濃度0.001 mg/L;[2005年度,環境省]13)
地下水
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数3/10地点,最大濃度0.00092 mg/L;[2004年度,環境省]11)
底質
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数22/24地点,最大濃度0.36 mg/kg;[2004年度,環境省]11)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数7/159検体,最大濃度0.2873 mg/kg;[1996年度,環境省] 13)
|
適用法令等 |
|
注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献