■用途
アニリンは、水に溶けやすく、特有の臭いがある常温で無色透明または淡黄色の液体で、揮発性物質です。空気中に放置すると、徐々に酸化されて赤褐色になります。
アニリンは、他の化学物質の原料として用いられる物質で、主にジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)の原料として使用されます。MDIは硬質ウレタンフォームや接着剤・塗料などの原料となる物質です。この他、染料、医薬品、農薬やゴム製品をつくる化学物質の原料に使われています。また、化審法の分解度試験において微生物による分解性を判断する標準物質とされています。
アニリンからつくられる物質で、よく知られているものにアゾ染料やアセトアミノフェンがあります。アゾ染料は、赤やオレンジ色などの鮮やかな色をもつのが特徴で、指示薬や食用色素として用いられるほか、印刷インキ、塗料、合成樹脂、ゴム、紙や繊維などの染料などとして工業的に広く利用されています。アセトアミノフェンは、解熱鎮痛成分として風邪薬などに用いられています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約12トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが化学工業などの事業所から排出されたもので、主に河川や海などへ排出されたほか、大気中へも排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物などとして約550トン、下水道へ約1.0トンが移動されました。
■環境中での動き
環境中へ排出されたアニリンは、大気中では化学反応によって分解され、2〜4時間で半分の濃度になると計算されています1)。また、大気中では光によっても分解されます1)。水中に入った場合は、主に微生物分解されますが、日射量が多いと、表層では光によって分解される可能性もあります1)。
■健康影響
毒 性 アニリンは、変異原性試験では陽性を示したと報告されています1)。発がん性については、餌に混ぜて与えたマウスの実験では発がんの証拠は示しませんでしたが、ラットの実験では血管肉腫などの増加が報告されています1)。人の場合、アニリンとの関連性が疑問視されていますが、膀胱がんを誘発する可能性については否定されていません1)。証拠が不十分であるため、国際がん研究機関(IARC)はアニリンをグループ3(人に対する発がん性については分類できない)に分類しています。
ラットにアニリンを含む空気を2週間吸入させた実験では、脾臓の腫大、ヘモジデリン沈着などが認められ、この実験結果から求められる呼吸によって取り込んだ場合のLOAEL(最小毒性量)は65.8 mg/m3でした1)。また、ラットにアニリンを104週間、餌に混ぜて与えた実験では、脾臓でヘモジデリン沈着などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のLOAELは、体重1kg当たり1日7 mgでした1)。
微量のアニリンを繰り返し体内に取り込むことによる毒性については明らかになっていませんが、職場で常にアニリンを取り扱っている作業者にはチアノーゼを示す人が多いことが報告されています1)。
体内への吸収と排出 人がアニリンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸、飲み水や食物によると考えられます。体内に取り込まれた場合はさまざまな代謝物に変化し、主に尿に含まれて排せつされます1)。代謝の過程で、ヘモグロビンのヘム鉄が酸化されて、メトヘモグロビンが生成されます1)。メトヘモグロビンは酸素と結合することができず、酸素を全身に運ぶことができません。アニリンの代謝によって生成するメトヘモグロビンが毒性をもたらすと考えられています1)。
影 響 呼吸によってアニリンを取り込んだ場合について、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、脾臓の腫大などが認められたラットの実験におけるLOAELと大気中濃度の推計値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。また、口から取り込んだ場合については、脾臓でヘモジデリン沈着などが認められたラットの実験におけるLOAELと地下水中濃度及び食物中濃度の実測値を用いて評価し、この場合も、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの繁殖阻害を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.0004 mg/Lとしています2)。最近の測定では、このPNECを超える濃度のアニリンが河川や海域から検出されています。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」でも、ミジンコの繁殖阻害を指標として、河川水中濃度の推計値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことが示唆されるとして、アニリンを詳細な調査や評価などを行う必要がある候補物質としています1)。
性 状 |
無色透明または淡黄色の液体 水に溶けやすい 揮発性物質 |
生産量3)
(2010年) |
国内生産量:約360,000トン 輸 入 量:約1,400トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約12トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
91 |
大気 |
27 |
事業所(届出外) |
9 |
公共用水域 |
73 |
非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
0 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約11トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
97 |
倉庫業 |
2 |
プラスチック製品製造業 |
0 |
− |
− |
− |
− |
事業所(届出)における移動量:約560トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
100 |
プラスチック製品製造業 |
0 |
電気機械器具製造業 |
0 |
− |
− |
− |
− |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,変異原性,経口慢性毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(甲殻類) |
環境データ |
大気
- 化学物質環境実態調査:検出数1/42検体,最大濃度0.000018 mg/m3;[1997年度,環境省]4)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数23/57地点,最大濃度0.00023 mg/L;[2008年度,環境省]5)
- 化学物質環境実態調査:検出数20/121検体,最大濃度0.00049 mg/L;[2005年度,環境省]4)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数2/5地点,最大濃度0.00027 mg/L;[2008年度,環境省]5)
底質
- 要調査項目存在状況調査:検出数22/24地点,最大濃度0.24 mg/kg;[2002年度,環境省]6)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数27/89検体,最大濃度0.0077 mg/kg;[1990年度,環境省]4)
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適用法令等 |
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献