■用途
アクリロニトリルは、常温で水に溶けやすい無色透明の液体で、揮発性物質です。引火性が強く、また刺激臭があります。
重合を起こしやすい性質があり、合成繊維、ABS樹脂、合成ゴムやAS樹脂といった合成樹脂の原料として主に使われています。合成繊維は、衣料用や産業資材用に使用されています。ABS樹脂はアクリロニトリルとブタジエン、スチレンによって合成される樹脂で、家電製品、自動車の内外装などに使用されます。また、AS樹脂は、アクリロニトリルとスチレンによって合成される樹脂で、弁当箱、食品容器、化粧品容器、扇風機の羽、カセットテープのケース、CDケースなどに使用されています。
この他、アクリロニトリルは、塗料、繊維樹脂加工剤、化粧品原料や合成糊料などの原料、アクリルアミド(紙力増強剤、合成樹脂、合成繊維、排水中などの沈殿物の凝集剤、土壌改良剤、接着剤、塗料などの原料)の原料として使われています。
なお、アクリロニトリルはたばこの煙にも含まれています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約220トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが化学工業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。また、たばこの煙に含まれて、家庭をはじめとする喫煙場所からも排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約130トンが移動されました。
アクリロニトリルは、大気汚染防止法で有害大気汚染物質の優先取組物質に指定され、事業者による自主的な排出削減が進められています。この自主管理に参加している事業者から大気中へ排出されたアクリロニトリルの量は、1999年度は1995年度に比べて52%削減され、2003年度には1999年度に比べて50%削減されています1)。
■環境中での動き
大気中へ排出されたアクリロニトリルは、主に化学反応によって分解され、およそ2〜4日で半分の濃度になると計算されています2)。水中に入った場合は、主に微生物分解されたり、大気中へゆっくりと揮発すると推定されています3)。
■健康影響
毒 性 ラットに45 mg/m3の濃度のアクリロニトリルを含む空気を24ヵ月吸入させた実験では、鼻粘膜の慢性的な炎症などが認められています2)。主にこのような慢性的な毒性に関するデータを中心にさまざまなデータから総合的に判断し、作業者に影響がみられない濃度を1 mg/m3と導き、これに基づいて有害大気汚染物質の指針値が設定されています2)。
また、ラットに体重1 kg当たり1日10.89 mgのアクリロニトリルを2年間、口から与えた実験では、腎臓と肝臓の重量の増加が報告されています4)。この他、ラットにアクリロニトリルを2年間、飲み水に混ぜて与えた実験では、死亡率の増加、アルカリフォスファターゼ(ALP、リン酸化合物を分解する働きをもつ酵素)活性の上昇などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり雄で1日0.25 mg、雌で1日0.36 mgでした3)。
アクリロニトリルは、ラットの肝細胞などを使った変異原性の試験において陽性を示したと報告されています3)。発がん性については多くの発がん性試験の結果が報告されており、マウスに体重1 kg当たり1日2.5 mg以上のアクリロニトリルを2年間、口から取り込ませた実験では、ハーダー腺(人の涙腺に相当する分泌腺)の腺腫またはがんの発生率の増加がみられたほか、ラットに体重1 kg当たり雄で1日2.49 mg以上、雌で1日3.65 mg以上のアクリロニトリルを2年間、口から取り込ませた実験では、脳腫瘍やジンバル腺(外耳管)がんの発生率の増加がみられました。また、ラットに44 mg/m3以上の濃度のアクリロニトリルを52週間、空気中から吸入させた実験では、脳腫瘍の発生が報告されています3)。国際がん研究機関(IARC)ではアクリロニトリルをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています2)。
体内への吸収と排出 人がアクリロニトリルを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や飲み水によると考えられます2)。体内に取り込まれた場合は代謝物に変化し、尿に含まれて排せつされますが、一部は代謝によって有害な物質をつくります3)。その代謝物はさらに代謝を受けてシアン化物イオンを放出します2)。アクリロニトリルによる健康影響は、アクリロニトリル自体や代謝物の有害作用に加えて、シアン化物イオンの作用によって引き起こされると考えられています2)。
影 響 環境省の2009年度の調査では、大気中から有害大気汚染物質の指針値を超える濃度のアクリロニトリルは検出されていません。
食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、腎臓と肝臓の重量の増加が認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.25 mgとしています4)。アクリロニトリルの食物中濃度(検出下限値0.00002 mg/kg以下)及び地下水の測定データから計算すると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.000031 mgと予測されます4)。これは、上記の無毒性量等よりも十分に低く、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、口から取り込んだ場合について、アルカリフォスファターゼ活性の上昇が認められたラットの実験におけるNOAELと地下水中濃度の実測値及び食物中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康に悪影響を及ぼすことはないと判断していますが、アクリロニトリルは、変異原性を有する発がん物質の可能性があることから、発がん性については詳細なリスク評価が必要な候補物質としています3)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの死亡を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.0076 mg/Lとしています4)。これまで得られた河川や海域の水中濃度はこのPNECより十分に低いため、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。なお、アクリロニトリルは魚類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、上記のPNECは魚類の有害性から導くPNECより低い値4)で、より安全側に立った評価値として設定されています。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、魚類の成長阻害を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています3)。
性 状 |
無色透明の液体 水に溶けやすい 揮発性物質 |
生産量5)
(2010年) |
国内生産量:約660,000トン 輸 入 量:約6,800トン 輸 出 量:約210,000トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約220トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
91 |
大気 |
98 |
事業所(届出外) |
0 |
公共用水域 |
2 |
非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
9 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約200トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
84 |
窯業・土石製品製造業 |
14 |
倉庫業 |
2 |
プラスチック製品製造業 |
0 |
− |
− |
事業所(届出)における移動量:約130トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
89 |
倉庫業 |
8 |
プラスチック製品製造業 |
3 |
− |
− |
− |
− |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,変異原性,経口慢性毒性,吸入慢性毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(魚類) |
環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):指針値超過数0/219地点,平均濃度0.00006 mg/m3 ,最大濃度0.00031 mg/m3;[2009年度,環境省]6)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数11/76地点,最大濃度0.00039 mg/L;[2000年度,環境省]7)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数1/15地点,最大濃度0.00027 mg/L;[2000年度,環境省]7)
底質
- 化学物質環境実態調査:検出数8/151検体,最大濃度0.000016 mg/kg;[1992年度,環境省]8)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/144検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1992年度,環境省]8)
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適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 大気汚染防止法:有害大気汚染物質(優先取組物質),揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 有害大気汚染物質指針値:0.002 mg/m3以下(1年平均値)
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
- 労働安全衛生法:管理濃度 2 ppm(20℃換算で4.3 mg/m3)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献